はじめまして。八方ふさがりの末ここに辿り着きました。鉄道の愛称板について教えてください。
画像のホーロー白板赤浮き文字の愛称板についてです。
表面が「ニセコNISEKO,裏面が大雪TAISETUで〇札」 です。
この愛称板に関して私が知りたいことは
@「これはデーゼルで使用されたものなのか?蒸気機関車牽引の客車で使用されたものなのか?
または両者なのか?」と、
Aこの愛称板の主は函館から札幌までは「ニセコ」、札幌からは「大雪」に化けて
北見(網走・釧路)を目指し、折り返しは「大雪」で札幌に到着し、
今度は「ニセコ」に化けて函館に戻ってくるというパターンの列車だったのでしょうか?
素人なりにニセコの登場と大雪の存在が重なる昭和43年以降の蒸気機関車牽引の時期を
調べましたが、ニセコにも大雪にも蒸気牽引の客車急行とディーゼル急行があり、
加えて客車夜行急行大雪の普通列車運転区間のことやらディーゼル大雪の運用が複雑なうえ
始発が小樽だったり札幌だったり旭川だったりで、もう、たった数文字、盤の形、つくり、所属
というヒントしかない中から糸口を自分で見出して探して追いかける限界を感じました。
有名な記録映画「雪の行路 急行ニセコC62重連 - 雪の峠に挑む」に旧客に装着された
同型の愛称板(画像)が出ていました。
色・形状はそっくりですが、映画の愛称板の裏面はどうなっているのか分かりません。
詳しい人の中には「連続運用で、ニセコ⇒大雪に運用していたもの。
※大雪が函館始発だった時代は、座席車は函館所属、寝台車は札幌所属でしたが、
山線区間の廃止で札幌始発になったときに、寝台車同様に札幌所属になった。
以上のことから、札幌運転区所属で、スハ45などの旧型座席客車で使われていたものと推測。
旧型客車時代のニセコは札幌到着後、基地へ引き揚げて整備を受けるので、
そこで寝台車を連結するなどの組成替えや清掃をした後で、夜行の大雪として運転したと思われる。」
とおっしゃる方もいらっしゃいます。
しかし当時の下り大雪6号は普通列車で函館を出て札幌で寝台車をくっつけて「大雪」になるので、
「ニセコ」の客車と混じるとは思えないのですが・・・
この辺りに詳しい方がいらっしゃいましたらご教示願いませんでしょうか?
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