ナロ2051様
ゴーマルサン前後の日付で尾久にて廃車になった10系寝台車についてですが、
手持ちの資料を調べてみても、明確な回答にはたどり着けなかったので、
あくまでも推測ですが、
ゴーマルサン前後での廃車両数ですが、
1974/12 5両 1975/1 11両 1975/2 12両 1975/4 13両 1975/6 13両
といったように、期間を約半年に広げると50両以上が廃車となったようです。
この要因としては、十和田のゆうづる格上げが大きかったと思われます。
昭和49年8月の時刻表を見ると、十和田は定期2往復、臨時7往復が設定され、
ハネの両数は19両×2(往復分)で38両となっています。
なお、臨時列車分の両数は他の資料からの推測ですが、時刻表の編成表に掲載
されていない臨時列車(下り1号、上り2号)の編成はハネのみの12両であった
可能性が高いと思われます。
いっぽう、昭和50年3月の時刻表を見ると、十和田は定期2往復、臨時2往復に
激減しており、ハネの両数は1両×2(往復分)で2両のみとなっています。
時期(季節)による差がある可能性はありますが、この通りであれば、36両の
余剰車が発生したことになります。
常磐線におけるハネの全体両数としては、特急「ゆうづる」の増発・増結分で
22両×2(往復分)の44両が増えているので、問題はなかったものと思われます。
あくまでも私の推測ですが、以上のような理由によって、この時期に多くの
10系寝台車が廃止になったものと思われます。
|