倶楽部メモ(829)

令和3年9月22日〜10月1日


鉄道風景の映画から・リコ式釣り手



投稿者

ED76109

投稿日

2021年 9月22日(水)18時45分0秒

タイトル

鉄道風景の映画から

    おばんでございます。ご無沙汰しています「ED76109」であります。

  世間的には、コロナが少々落ち着いてきたかなといったところですが、
小生も「在宅勤務」日がちらほらありました。
サボるわけではないのですが、時間的な余裕があると同時に、「乗り鉄」がままならない状況で
自然と時間つぶしに、「CS」や「ネット」等で古い邦画を眺める機会が・・・。
その際に、古い鉄道風景が見られて、少々「鉄分」が補給されて満足しています。
  今日は、その中から気になったものを、いつもの「戯言」調で報告いたします。

1 「警視庁物語」という昭和30年代に東映で製作されたサスペンス風の映画。
シリーズで何作か製作されているのですが、「深夜便130列車(昭和35年製作)」という作品があります。
汐留駅で、天王寺駅からの「送り主も受け取り主も偽名の大型トランク」から異臭が・・・。
汐留駅員が鉄道公安官立ち合いで開けると、中には半裸の女性の殺害死体が入っていたのでした。
  この展開で、小生は以前ご紹介した「黒いトランク(鮎川哲也作)」を思い出し、
調べるとそのストーリーを一部採用したようです。
捜査のチーフである主任警部は、発送駅の関係から部下の刑事を大阪へ出張させることになります。
映像の昭和35年ごろの汐留駅は活気が感じられ、
操車掛が突放される「ワム」や「トム」などの側面で足踏みブレーキする姿や
入れ替えの「DD13」がひっきりなしに貨車を押す姿に、国鉄全盛期の懐かしさが感じられました。

2 この作品には、「三つの夜行レ」が登場いたします。
 「一つ目」は「東京21:45発 月光」。
映像は、今は無き「15番線フォーム」から「ロ」や「ネ」が連結された堂々たる編成。
刑事たちは、重厚な「オハ35系」の隣の軽量車体の「ナハ10系」のボックスシートに席を取り、
EF58の長笛の後に一路大阪へ向かいます。
 「二つ目」は「東京発21:30発 筑紫」。
容疑者とその恋人は逃亡用にと三等切符を購入したのですが、
恋人は警察に確保されてしまい、容疑者のみが熱海から乗り込みます。
警察は恋人の「券番」から、沼津から「カレチ氏」に検札を依頼。
連番の切符を持つ客の発見を要請しますが・・・。
その公安官とカレチ氏が乗り込む深夜の沼津駅のフォームには、
「オハ35」の前を「桃中軒の移動スタンド」が弁当や飲料を満載して
「弁当〜」と声をかける懐かしいシーンがありました。
 「三つ目」は「大阪発16:43発 130レ」。
容疑者が恋人が「筑紫」に乗っていないと気づけば、東京に戻ると考えた捜査本部は、
「東京鉄道公安室」に協力を依頼して、
沼津から東京行の切符を購入した三人の男をマークすることに。
さらに、捜査員の一部は「大船」まで車で向かい、
「130レ」に乗り込んで東京駅で容疑者を逮捕しようと張り込むのですが・・・。
沼津から乗り込んだ男が、フォームの洗面台でうがいをするシーンが映り、
懐かしい汽車旅を演出していました。
 さらに、「130レ」には「ロ」が2両連結されているなど、
当時の夜行鈍行の重要性が描かれる場面が印象に残ります。

3 この「警視庁物語」には、他にも「貨物レの郵便室(荷レのことですかね?)」
で発生した強盗殺人をテーマとした「魔の最終列車」や
首都圏の国電(懐かしい響き)・地下鉄で発生したスリ団を巡る殺人事件がテーマの
「夜の野獣」など、鉄道風景が楽しめる作品が多々あるようです。
  その内、「夜の野獣」の予告編では、
「東京行の地下鉄丸の内線」車中での格闘劇が描かれたのですが、
印象に残ったのは「リコ式つり革」です。
先達の皆様方には釈迦に説法ですが、昭和30〜 40年代前半の地下鉄には
「リコ式」というつり革が採用されていて、
バネの力で固定された「斜めがかったつり革」の姿は
当時のモダンなイメージを、地下鉄に持たせていた記憶があります。
   ただ、この「リコ式」は手を放すと、そのままバネの力で所定の位置に自動で戻るため、
立っていた乗客が放した「つり革」が、席から立ち上がった乗客の顔や頭部を直撃して
怪我をするなどのトラブルが多発してしまい、悪評が後を絶たないということがありました。
 「昭和の遺物」となっている「リコ式つり革」に、
小生、「鉄」親父につかまってぶら下がった想い出がございます・・・。

 今回は、本当に長々と失礼いたしました。
以上、「乗り鉄」自粛の今は、「映画鉄」で楽しもうと考え、
次なる作品をピックアップしている「教頭客車鉄ちゃん」でありました。




投稿者

マロネロ38

投稿日

2021年 9月22日(水)23時36分11秒

タイトル

リコ式釣り手

ED76109教頭先生
リコ式釣り手は、神戸市電700型で有名でした。
東洋一といわれた転換クロスシートでした。




投稿者

ED76109

投稿日

2021年 9月23日(木)09時46分20秒

タイトル

大人になった気分でした

 おはようございます。「ED76109」であります。
 マロネロ38様
  本当にご無沙汰しております。お元気そうでなによりです。
  「リコ式つり革」は、地下鉄の乗る時の楽しみの一つでした。
「銀座線」や「丸の内線」を始め、「日比谷線」にも確か採用されていました。
幼稚園児の小生にしてみれば、この「つり革」につかまって、会社勤めをしている方々を見ると、
「大人の象徴」のような意識で眺めていたのでした。
  しかしながら、この代物は「通勤ラッシュ時の混雑時」に「眼鏡を壊された」であるとか、
「頭にぶつけられたのに、(相手が)謝ろうとしない」等などとトラブルになってしまったことは、
先達の皆様にはまさしく「釈迦に説法」でございましょう。

 失礼いたしました。
以上、幼少の頃、銀座線の「リコ式つり革」と「駅進入前の『車内灯が一瞬消灯する』システム」
が楽しみであった「教頭客車鉄ちゃん」でありました。




投稿者

ED76109

投稿日

2021年 9月24日(金)18時56分43秒

タイトル

鉄道風景の映画から 2

 連投失礼いたします。「ED76109」であります。

 飛び石連休ということですが、小生たまたま、午後から「在宅勤務」となりましたので、
秋分の日に触れた映画について、報告させていただきます。

 1 「硝子のジョニー野獣のように見えて」という昭和37年9月に日活で製作された作品があります
(ヒロインは往年の美人女優「芦川いづみ」さんです)。
   旭川近郊の娼家に身売りされてしまった「芦川」さん演じる娼婦が、仲間と脱走を企てて
函館本線「近文」駅からの「函館行の夜行鈍行レ」に飛び乗って・・・という展開です。
  仲間の娼婦は、動き出した「スロハ32(?)」に飛び乗る寸前に、追っ手に捕まってしまうのですが、
「芦川さん」はデッキに飛び乗って逃走に成功。
そして、カレチ氏に「無銭乗車」を咎められて公安官に引き渡されそうなところを、
「ロ」に乗っていた「宍戸錠」さん演じる競輪選手のトレーナーでもある
的屋「ジョー」に助けられて、函館まで旅することに。
  映像の近文駅は、3本のフォームと複数の留置線が確認でき、
往年の本線の駅の姿が描かれています。
しかしながら、現状の近文駅はフォームが一本のみで、風格ある駅舎は解体されてしまい、
ほとんど「停留所」のような風情であります。
  まさしく、昭和の姿、いま何処といったところです。


 2 「芦川さん」を乗せた「夜行鈍行レ」は、翌日函館駅に滑りこんだのですが、
当時のダイヤを確認してみると、近文から直通で函館まで行く鈍行レは、
「122レ(旭川発6時ごろで函館に19時半過ぎに到着、小生の御用レでした!)」のみですので、
架空の列車を画面に登場させたようでした。
 このころの映画撮影では、国鉄も全面協力で様々な配慮がなされたようです。
この後、「宍戸錠」さんが、世話する競輪選手と小樽へ旅する為に乗車シーンのある列車も
「函館発18時発の札幌行」という設定となっていて、実際には当該レはありません。
ですので、前述の「函館行夜行鈍行レ」と併せての「サービス」なのかと判断いたしました
(しかし、函館駅の風景は数多くの乗客にあふれているので、相当なエキストラの数でもあります)。
 さて、終着函館で「芦川さん」は、「背ずりが木であるオハ60(?)系」の床に寝そべり、
泥のように眠りこけて車内清掃の場面でごみにまみれて目を覚ますのですが、
しかしそのごみの量たるや、今では比べ物にならないくらいの量であります。
 小生も、昭和40年代に旧客に乗りましたが、
確かに長距離を走行する列車ほどごみが目立った記憶があります。
昭和50年1月の「1102レお別れ乗車」の時も小生、座席下のごみに閉口した記憶が・・・。
そう言えば、当時の駅弁の包み紙にも
「食べ終わった後は、車外には捨てずに座席の下に捨ててください」
の文言がありましたね。


  3 「芦川さん」演じる娼婦は、「宍戸さん」演じるジョーに惚れていくのですが、
ジョー自身も期待をかけた競輪選手に裏切られてしまい、失意のまま函館に・・・。
お互いが、もやもやした思いを抱えながら、物語は展開していきます。
 その後、失意のままジョーが、青函連絡船の航送車輛デッキに座り込んで、
ボーとしているシーンがあるのですが、
ウインチに結ばれた貨車や客車の隣に差し込む夕日に照らされて、
佇んでいる画像が画面を飾るのです。
 車両甲板に光が入っているということは、
航送する車両が出入りする「船尾の水密扉」が開放されているということになります。
小生の記憶では(あまりあてにはならないですが)、洞爺丸事故の影響で、
航行中は水密扉の開放は不可であったと記憶しています
(飢餓海峡のシーンも含めて、客室の野外甲板でしか撮影シーンは見たことがない)。
 当時は、撮影や取材などの場合、撮影スタッフが車両甲板へ入ると、
水密扉を開けてくれたのでしょうか。
国鉄全面協力の結果なのかもしれませんが、当時の国鉄の大らかさに驚くとともに、
厳しい言い方をすれば、当時の安全意識のレベルが
その程度であったことの証明になるのかもしれません。


  また、長々と失礼いたしました。以上、「教頭客車鉄ちゃん」でありました。




投稿者

c572002001

投稿日

2021年 9月30日(木)23時46分16秒

タイトル

北海道で使用されていた、スロ62について

突然ですが、質問させて頂きます。
北海道で使用されていた、スロ62 500番代ですが、
窓枠が、青15号に塗装されていた写真を、見かけますが、
本州等で使用されていたスロ62の様に、
サッシが、アルミ無塗装の、銀色の車両もあったのでしょうか?
ご存知の方、写真等をお持ちの方のご意見をお待ちしてます。




投稿者

c572002001

投稿日

2021年10月 1日(金)07時52分3秒

タイトル

北海道のスロ62

先程質問させて頂きました。c572002001 です。
googleで北海道のスロ62と検索しましたら、
早速、札幌でサッシが銀色無塗装の、スロ62 504の写真が上がってきました。
お騒がせしまた。




               
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