倶楽部メモ(793)
平成30年 7月21日〜 9月 6日




投稿者

ED76109

投稿日

2018年 7月21日(土)10時55分29秒

タイトル

西日本豪雨に際して

 ご無沙汰しております。「ED76109」であります。

 まず、標題のとおり、西日本各地の被災者の皆様方に、心からお見舞い申し上げますとともに、犠牲者の方々に心からお悔やみ申し上げます。
しかし、今回の鉄道被害は豪雨被害の想定をはるかに越える最悪の状態かと、心痛めております。
様々な募金活動程度でしか、小生支援できませんが、いつもの通りに戯言させていただきますことをご容赦ください。

 1 幼少の頃から、「はやぶさ」「さくら」などでお世話になっていた「セノハチ」の惨状は目を疑い覆うばかりであります。
特に、補機の塒であった「瀬野機関区」のあった瀬野駅構内が流入してきた土砂で一面茶色となってしまった風景には、言葉を失ってしまいました。
SL時代、「C59」や「C62」などが行き来していたであろう鉄路は、土砂崩れや土石流で覆われてしまい、無残の一言でしかありません。
また、「河内」付近は道床が流失してしまい、レールが宙づり状態。
上空からの映像に、どれほどの雨が降り注いだのか、想像がつかないほどであります。

 2 50年以上も前のことですが、東京から呉線経由で広島まで16時間ほどで結んでいた寝台急行が走っていました。
先達の皆様には、多弁は無用であろうと想像いたします「安芸」であります。
小生も実際、小学生のころに東京駅のフォームで「EF58」に牽引されていたブルーの「10系旧客」で揃えられた「安芸」を眺めながら、
「C62」が先頭に立つ呉線の旅路に憧憬を重ねておりました。
 しかし、今回の豪雨で「呉線」は壊滅状態であり、「安芸川尻」・「安浦」・「風早」・「忠海」といった撮影地は如何ばかりかと、心を痛めています。
乗り鉄で眺めた瀬戸内の光輝く海岸線に迫っていた山からの土石流からの復興を心から祈念しております。

 3 今回の豪雨被害からの復旧には、「山陽本線」「呉線」で数か月、「芸備線」「木次線」では年単位の時間を要するとの報道を目にするにつれ、
ブルトレ全盛期であれば、夏休み中の運転状況を気にするところでしたが、現在は貨物レの動向が気になるところであります。
 物流の遮断で、経済動向にも悪影響が懸念されるとのことで、「JR貨物」は代行輸送に頭を痛めています。
国鉄時代であれば、「山陰本線」等による代行ルートでと考えるところですが、
現状では「免許」や「代行貨物レの牽引DL」、乗務員の確保などで、易々と迂回運転には及ばぬとのことであります。
 回顧主義は何の役にも立たないことは重々承知しているところですが、
万一の場合の対応策すら対処できない現状の「JR」に歯痒さが感じられてならないものであります。

  何の役にも立たない戯言に係り、失礼いたしました。
以上、本日観戦予定の「道民球団試合」での「募金活動」に家族一同でささやかでも協力したいと思う「教頭客車鉄ちゃん」でありました。




投稿者

竹中@ノーブルジョーカー

投稿日

2018年 8月23日(木)22時14分46秒

タイトル

RM LIBRARY 229

先月と今月のRM LIBRARYは客車ネタで救援車です。
今だから語れる話題もあり、客車ファンは必携の2冊だと思います。




投稿者

ミキスト

投稿日

2018年 8月29日(水)11時48分53秒

タイトル

米坂線の尾灯

お知恵をお貸しいただきたいのですが.
You Tubeで米坂線のSLの画像を見たですが,最後尾の車両がオハユニなどの尾灯が装着されている車両にも拘わらず
外付けの尾灯らしきものが点灯しています.新津あたりのルールだったのでしょうか.
もう一つ,貨物関係になりますが,前後共に車掌車,緩急車が連結されていない貨物列車もありました.
途中で組成しない列車などは非連結だったのでしょうか.
よろしくお願いいたします.




投稿者

クモイ103

投稿日

2018年 8月31日(金)08時38分45秒

タイトル

Re: 米坂線の尾灯

ミキスト様

米坂線のSL牽引列車の画像ですか。
その年代はわかりませんか?
そうしたルールや運用の事情といった物事は、年代によって変化していることが多いものです。
尾灯のある車両にわざわざ外付けの尾灯が取り付けられているとのことで、理由は2つほど考えられます。

(1)過渡期だった
 緩急車の妻面に尾灯が標準装備されるようになったのは、戦後の昭和20年代後半からでした。
それまでは尾灯は全て外付けで、客車自体と別運用が組まれていたのです。
新製の緩急車が尾灯を装備して落成し、オハフ33など既存の緩急車にも取り付けられていく過程で、
尾灯のある車両と無い車両が混在している状況では、従来の外付け尾灯を一律に運用するしかなかったと思われます。
そのような状況は昭和30年代初頭までの一時期だった筈です。

(2)イレギュラーな編成だった
 戦後、緩急車は最後尾に連結されるのが原則になりましたが、
一部のローカル線では例外が認められて柔軟な編成が組まれることがありました。
例えば過去にこの掲示板でも話題になった日中線ではオハ61+オハフ61という編成が往復し、
オハに外付けの尾灯がつけられていました。
米坂線で緩急車が最後尾に来ない編成が認められていたのかわかりませんが、
仮にそうであって、本来その列車は最後尾が非緩急車であるべきところ、
何らかの事情で突発的に編成が変更されオハユニが最後尾に来てしまった、という可能性も考えられます。
もしかしたら所定では後部に貨車がつく混合列車で、その日はたまたま貨車が無かったのかもしれません。
そのような状況は、昭和40年代まであってもおかしくない事です。

貨物列車についても、線区によって緩急車の省略が認められていました。
(車掌が機関車に乗務していたのかどうかは知りません…)
私の知っているところでは八高線のセメント列車が該当し、DD51がホキだけの列を牽いていました。
緩急車なしの貨物列車は、おそらく全国に点在していただろうと思います。




投稿者

竹中@ノーブルジョーカー

投稿日

2018年 9月 4日(火)22時57分30秒

タイトル

RE:米坂線の尾灯

ミキスト様
クモイ103様

車掌車省略の貨物列車に関して貨車に詳しい方に聞いたところ
下記のような説明をいただきました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「運転取扱基準規程」(S4006改訂)によれば、
緩急車の省略は第24条で規定されており、
「車掌の乗務を省略できる列車」が対象となっています。

車掌の乗務省略は第25条にあり、
 1.単機
 2.救援または排雪列車
 3.先頭に特殊設備があり運転士が乗る推進運転・・・上野?
 4.「車掌の乗務が省略できる線区」で、支社長または管理局長の指定した
   貨物、工事、回送、試運転列車

車掌の省略線区は第26条にあり、
 ・非自動区間(但し別表に指定する区間を除く・・・主要線区はNG)
 ・停車場外で隣接する本線がない
 の両方を満たし、支社長が指定する線区。

となっています。最も良く見る緩急車/車掌省略の例は単機でしょうか。
八高線のような例は、ローカル線でエライさんが指定した線区に当る訳ですね。

車掌省略時は機関士が車掌業務を代行するとのことで、第25条3項には新興〜
入江間や高島の移動操車のように貨物線で短区間の場合は、操車掛が車掌を代
行できると書かれていました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
とのことで、オハユニに外付け尾灯は、たまたま貨車が連結されていない
混合列車でだったのではないでしょうか。




投稿者

クモイ103

投稿日

2018年 9月 6日(木)21時40分29秒

タイトル

Re3: 米坂線の尾灯

竹中@ノーブルジョーカー様

詳細なご教示ありがとうございます。
「運転取扱基準規程」に規定されていたのですね。
学生時代に鉄研の先輩の指導により数名で一括購入した本があったような気が…
こんど発掘してみたいです。
オハユニの件は、やはり混合列車の貨車抜きですか。

# 貨車に詳しい人…一度直接お会いしたいものです(謎)




               
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