倶楽部メモ(787)
平成30年 1月22日〜 3月26日




投稿者

客車

投稿日

2018年 1月22日(月)03時45分13秒

タイトル

マイテ3911・整理等級帯色と標記履歴私見

クモイ103様
たびたびで済みませんが マイテ3911・整理等級帯色と標記履歴私見を記します

        等級の帯色と標記
               帯色  車体標記
      昭和33以前  黄    イ
1958 昭和33/3 国鉄車輌関係色見本台帳制定
          黄    イ     黄帯色はクリーム色2号との記述
1959 昭和34/6 車輌塗色及び標記方式の制定
               規定  実塗色
        白   黄  イ
1960 昭和35/5 2等級制
               規定  実塗色
        青1  黄  ロ
1961 昭和36/7 帯色変更
               規定  実塗色
        淡緑6 黄  ロ
1962 昭和37/6 晴海鉄道博覧会イベント仕様
        淡緑6 白  イ
1962 昭和37/9  廃 車
        淡緑6 白  イ
1963 昭和38/9 青梅鉄道公園保存時
          白    イ
1975 昭和50年頃 側板が錆びて浮き上がって割れた帯色部の塗膜を折り取り・採集
   学童用絵の具の青色   ロ     青梅鉄道公園での後年の整備時に変更か
  採集塗膜断面の観察により塗膜等の重なりは以下のように下層より順に
  鉄片→ブドウ色・塗膜厚1mm→黄帯色・塗膜厚1mm→白色・塗膜厚0.1mm→
    ブドウ色・塗膜厚1mm→学童用絵の具の青色・塗膜厚1mm
          イベント用の塗膜厚はものすごく薄いですね
この時、黄帯の断面色と模型用塗料(日光モデル製品?)との比較により、
黄帯の色の色調はクリーム色1号と判明
昭和33/3 国鉄車輌関係色見本台帳のクリーム色2号との記述は疑わしい、となります
1987 昭和62   大井工場へ
2007 平成18/1  大宮鉄道博物館へ

RM LIBRARYNo200日本の展望客車(上)の93頁下から12行目に
"マロテ3911は青帯に変更された"と断定していますが、根拠は記していませんね。
また下から6行目に"青帯で廃車のようだ"となっていますが
晴海での白帯色とイ標記はイベント仕様なので公式記録では無視したのでしょうね。
そうすると当方の私見では"マイテ3911は黄帯のロ標記で廃車"となります。




投稿者

クモイ103

投稿日

2018年 1月23日(火)20時02分38秒

タイトル

Re: マイテ3911・整理等級帯色と標記履歴私見

客車様

わかり易い時系列の整理をありがとうございます。

マロテ39 11 の青帯については、当掲示板で平成14年2月14日(木)に
急行高千穂 様が次のように述べられています。(倶楽部メモ125に収録)

> 『鉄道ジャーナル76年4月号』で、26ページに展望デッキと、
> その前の窓1つ半が写っており、間違いなく青帯と1の数字があります。
> (元々青大将になる前は後部には1の等級表示はなかったのでは?)
> 写真は管理者さんに送ります。
> 写真には、2等級制移行により青帯になったマイテ改めマロテ39のコメントがついており、
> 車体の標記にもマロテ39の文字が読み取れます。

残念ながら私は当該の号を持っていないため今すぐには確認できないのですが、
これについては確認されましたでしょうか?



私の手元にある情報としては、モノクロですが、格下げから1ヶ月後の
1960-7-30に撮影されたマロテ39 11の写真が下記の2冊の本に載っています。
・鉄道ファンNo.271(1983年11月号)特集:展望車 P.60
・鉄道ピクトリアルアーカイブスセレクション10 国鉄客車開発記1950 P.20
同じ写真ですが、後者の方が大きく見易いです。

全検標記は「34-2」、車号標記の上に所属標記がある旧式標記ですが、
車体各部はツヤツヤしていて塗装後間もない印象を受けます。
そして肝心の等級帯ですが、旧式標記ならある筈のローマ数字の「1」がなく、
代わりに出入台吹寄せ部に大きな「1」が標記されています。
この事から、少なくとも等級帯(もしかして車体全体?)が再塗装された事が判ります。
そして帯の色調は標記文字より暗めで、モノクロだけに確実な材料ではありませんが、
感覚的には青1号と思っても違和感のない明るさです(淡黄色の可能性もありますが)。
私はこの写真から、少なくとも1960年7月1日の2等級制移行の時期前後に再塗装が行われ、
青帯になったと考えています。



客車様がお手持ちの塗膜片について、
> 黄帯の断面色と模型用塗料(日光モデル製品?)との比較により、
> 黄帯の色の色調はクリーム色1号
とのご見解に対して、現物を見ていない私が言うのも抵抗がありますが、
貴重な実物であればこそ、今から見れば耐性の劣った昔の塗料ですから、
クリーム色1号と2号の差であれば経年による退色でわからなくなってしまうのでは?
という気がしてなりません。
(まことにもって、私も拝見したいです…)



ところで客車様が述べられた下記の2点ですが、出典がわかればご教示頂けないでしょうか?

1960 昭和35/5 2等級制
               規定  実塗色
        青1  黄  ロ
1961 昭和36/7 帯色変更
               規定  実塗色
        淡緑6 黄  ロ




投稿者

オロハネ10 505

投稿日

2018年 2月 7日(水)08時38分33秒

タイトル

去年のお礼と急行丹後について

はじめに年末から年始にかけて体調を崩してしまい、ナハネ11の件のお礼ができていませんでした。申し訳ありません。
クモイ103様、ありがとうございました。有井のナハネ11を改造する事にしました。
次に、今度友人から9600が転属してくることになり宮津線のはしだてビーチや臨時丹後について調べていたのですが
臨時丹後が旧型客車なのは分かったのですが編成両数が判明しません。臨時丹後は大体何両編成だったのでしょうか?




投稿者

EF58-38

投稿日

2018年 2月12日(月)14時56分52秒

タイトル

S47年頃の14系「あかつき」編成記録について

はじめまして。
ずっと閲覧側の人間だったのですが、少し困ったことがあり書き込みさせていただきます。
模型製作のためS47年10月改正〜翌S48年10月改正までの間の寝台特急「あかつき」下り2号(25列車)、3号(27列車)、4号(31列車)、
上り2号(26列車)、3号(28列車)、1号(32列車)のいずれかの編成探していますが、いかんせん1年間のみだったもので出てきません。
もし車両の番号の記録をお持ちの方いらっしゃいましたらご教授頂けないでしょうか?どうぞ、よろしくお願いします。




投稿者

急行えびの3号

投稿日

2018年 3月25日(日)21時59分59秒

タイトル

20系客車車内公開

かなり久しぶりに投稿いたします。
さて、表題の件ですが、福岡市東区の貝塚公園には9600形蒸気機関車と20系客車が静態保存されており、
春と秋に客車車内が公開されています。
これまでなかなか都合がつかなくて行けなかったのですが、今回ようやく行くことができました。
現役の20系客車には乗車したことがなかったので、今回初めて実車を内部から見ることができました。








投稿者

九州のものずきヲヤヂ

投稿日

2018年 3月26日(月)17時33分53秒

タイトル

貝塚公園

20系が展示されるようになって30年くらいでしょうか。
それ以前はスハ32が置かれていました。
これが老朽化したため、「かいもん」「日南」に使われていてちょうどその頃廃車となったこのナハネフ22がやってきました。
さて、そのスハ32ですが、ウインドヘッダーの無い試作タイプが鎮座ましましていました。
残存していれば、ある意味20系以上に貴重だったかも??
20系に置換前の晩年は車内には入れませんでしたが、昭和40年代ころまでは自由に入れた記憶があります。
遠足で同公園に行ったときなど座席で弁当など食べた記憶があります。
座席間には食事などがしやすいように大きなテーブルが改造で設置されていました。




               
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