倶楽部メモ(767)
平成28年10月26日〜11月20日




投稿者

秋田市のho

投稿日

2016年10月26日(水)13時11分56秒

タイトル

12系客車

皆様


私の個人的な感覚ではありますけれども、
もしも、
御参考の足しになるようでありましたら、
幸いでありますです。(^・^;)

急行型、
私個人的には、
車内設備と致しまして、
●窓側肘掛も装備されましたボックスシート
●デッキと客室との間の仕切壁と仕切扉
●独立したトイレ
●独立した洗面所
これ等が揃っておりましたら、
モアベターであります。

私事で、
大変恐縮でありますけれども、
ボックスシートの、
窓側肘掛に関しましては、
私個人的には、
その存在は、
重要でありまして、
鉄道旅行をさせて頂きます際、
持ち運びには苦労致しますけれども、
天然秋田杉製携帯窓側肘掛を持参させて頂きまして、
その場の状況に応じまして、
適時使わせて頂いておりますです。(^・^;)








投稿者

太田拓也

投稿日

2016年10月28日(金)08時29分33秒

タイトル

窓側の肘掛

>秋田市のho様

関西の新快速は1999年製造分から窓側の肘掛が省略されています。
阪急は6300系にはあったのに9300系にはありません。
京阪8000系も二階建て車両にはありません。二階席は窓の底辺が丁度いい高さなのですが
車端部にも無いので他の号車と比べて見劣りします。
なんか近年肘掛を省略する傾向があるようです。

客車の場合、窓側に肘掛が設置されたのは戦後のスハ43からで別に必須ではないのですが
電車の471系を413系に改造した際に省略されて格下げ感を感じます。




投稿者

EF58 129

投稿日

2016年11月12日(土)14時44分10秒

タイトル

ご無沙汰しております

>理左衛門様
旧型客車ヲタのヨンダースです。
旧型客車の蒸気暖房、牽引機が蒸機でも無理な様です。
2008年11月2日、快速「SL会津只見紅葉」乗車の際、
寒かったので社員に「車内が寒いので暖房入りませんかね?」と
訴え出たものの「それは無理です。蒸気通したら配管が破裂しますよ」
という信じられない回答を受けました。文句を言いたかったのはやまやま
でしたが、黙って引き下がりました。
とにかくJR東日本は旧型客車を大切にしない、適当な扱いしかしない
本当にろくでなしの鉄道会社です。
ここでは蒸気暖房の事だけ書きましたが、車輛を大事にしない、オリジナルを
滅茶苦茶にする、鉄チャンに対して徹底的な嫌がらせをする。
それも沿線で撮ってる自家用車で来る人間には何もしないのに
列車に乗って運賃・料金払った客には数々の嫌がらせ。
撮り鉄同士のいがみ合いやトラブル。
国鉄やJR初期の頃が一番良かったんですがね・・・。

多分回答はこんな感じかもしれません。
これ以上書くとただのJR東日本に対する喧嘩になるので・・・。




投稿者

EF58 129

投稿日

2016年11月12日(土)15時22分17秒

タイトル

久しぶりついでに・・・

連投すいません。
何故JR東日本は鉄チャンに対する嫌がらせをここまで徹底しているのか?

ケース1:高崎駅1番線の閉鎖と列車の2番線発車(下り)
     新幹線のガード下で撮影にならない8番線到着(上り)
ホームから絶対列車を撮らさせない嫌がらせ以外の何物でもないでしょう。

ケース2:渋川のバカ停を3番線にして嫌がらせする
あの駅は対向式1面(駅舎のあるホーム)、島式1面ですが、2番線に着ければ
いいものの、撮影できない3番線に着けて嫌がらせする。撮れるのは客ではなく
入場料も払わず工場跡地から撮影する非鉄の連中。

ケース3:水上構内の大改悪。1986年当時(ファイル1参照)構内には
     邪魔者が無く撮影しやすいいい駅だったのが、中線撤去、意味不明な
     コンクリ柱を植えまくり、更にワイヤーを張り巡らし、被写体に
     かぶるようにする嫌がらせ。
     転車台は回ると赤ん坊のおもちゃの如くオルゴールが鳴りみっともない。
     そして停車位置にはまるで動物園の檻。

ケース4:牽引される12系はまだいいにせよ、旧型客車の扱いは最低極まりなし。
     塗りつぶし車の車内復元を実施する計画一切なし。
     室内灯をオリジナルのすりガラスのカバーではなく、家電品の照明機器を
     付けるとはどこまで客を馬鹿にしているのだろう。
     唯一の近代化改造車スハフ42 2173を敢えて近代化改造車として
     売りにしない。現在塗りつぶされてる窓枠をアルミの色に戻して主張
     させてもいいのではないか。

ひたすらJR東日本高崎支社は、運賃・料金を払ったお客様を足蹴にするような真似を
働き、びた一文払ってない車鉄にはやらせ放題。一体何をやっているのか・・・
添付画像を見る度、悔しくてなりません。きっと労働組合が鉄に対して嫌がらせを
働いているのでしょう。まるで某労組のような反鉄嫌がらせ集団なのでしょうか。






投稿者

陸奥光政

投稿日

2016年11月19日(土)02時58分31秒

タイトル

マロネ38の使用列車について

皆様こんばんは。

先日、とある模型屋の開店セールに行ってきましたところ、300円でエラー車体(窓が一つ多い)を入手致しました。
その客車、マロネ38なのですが調べても定期運用の編成にはあまり入っていないよう。

そこでご質問なのですが、マロネ38が組み込まれている編成はありますでしょうか。教えて頂ければ幸いです。

仕掛りが増える一方ですが、こういうの見るとつい手が出てしまうのは趣味人の性でしょうか。




投稿者

クモイ103

投稿日

2016年11月19日(土)08時50分24秒

タイトル

Re: マロネ38の使用列車について

陸奥光政様

おはようございます。
マロネ38形は総勢7両の小世帯だったため、連結列車が限られていました。
戦後については下記の通りです。
個別の編成については、ご興味があれば分かる範囲でご紹介することもできますが、
どれも幹線の主要列車ですので長い編成です。

昭和28(1953).8.31現在(星晃氏による。ピク1953-11より)
・37/38雲仙(東京〜長崎のうち東京〜博多のみ連結)
・205/204北斗(上野〜青森・常磐線経由)

昭和30(1955).7.1 1等寝台廃止に伴う寝台車運用変更時(以下は鉄道公報より)
・35/36霧島(東京〜鹿児島のうち東京〜博多のみ連結)
・37/38雲仙(東京〜長崎のうち東京〜博多のみ連結)

昭和31(1956).11.19 時刻改正
・37/38霧島(東京〜鹿児島のうち東京〜博多のみ連結)
・203/204伊勢(東京〜鳥羽のうち東京〜名古屋のみ連結)

昭和32(1957).10.1 時刻改正
 同じ

昭和33(1958).10.1 時刻改正
・37/38霧島(東京〜鹿児島のうち東京〜博多のみ連結)
・201/202大和(東京〜湊町のうち東京〜名古屋のみ連結)

昭和34(1959).9.22 時刻改正
 同じ

昭和35(1960).7.20 時刻改正
 同じ

昭和36(1961).3.1 時刻改正
・大和がマロネ41に置換

昭和36(1961).10.1 サンロクトオ白紙大改正
・霧島がマロネ29に置換、マロネ38定期運用消滅。

なお戦前は、上野〜青森間(常磐線経由)および函館〜札幌間で活躍した様です。




投稿者

クモイ103

投稿日

2016年11月19日(土)09時07分49秒

タイトル

還暦 青大将

今日11月19日は「鉄道電化の日」。
丁度60年前の1956(昭和31)年11月19日、東海道本線の全線電化が完成したことを記念し、
1964(昭和39)年に制定されたのだそうですね。

ここに来られる皆さまにはご周知の通り、特急「つばめ」「はと」の機関車・客車に
淡緑の塗色(正式名称は「淡緑5号」)が施され、ファンからは
「青大将」というニックネームが奉じられたことも有名な話ですが、
今日その青大将が還暦を迎えたことになります。

本掲示板の過去ログを見返したら、50年目だったちょうど10年前の今日、
にんにくたあ様がやはり書き込みをなさっていました。
そうか、半世紀か、と思ったのがつい昨日の様で、時の流れの速さに今さら驚いています。




投稿者

青列車

投稿日

2016年11月20日(日)21時56分3秒

タイトル

Re.還暦 青大将

皆様先日は12系客車に関する拙発言にご高配ご厚情賜りましたこと誠に有り難く厚く御礼申し上げます。
12系客車は急行型で良いのですね。長年の疑問が氷解しました。
さて、クモイ103様も触れられている通り、昨11月19日は鉄道電化の日。しかも今年はちょうど60周年!
これは是非赤いちゃんちゃんこと烏帽子を着せて還暦のお祝いしませんと…(え?)
>> ttps://twitter.com/EF61501/status/799967360757088257(ツイッター/Twitter)
>> ttp://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=23152220(pixiv/ピクシブ)
>> ttp://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=23163446(pixiv/ピクシブ)
>> ttp://plaza.rakuten.co.jp/letrainblue/diary/201611190000/(拙ブログ)
(いずれも設定の都合で頭のhが省略されています)
戦前の時点で既に御殿場線経由乍ら東京〜大阪間8時間代の運転が実現し、丹那トンネル開通後は東京〜大阪間8時間。
しかし第二次大戦の被災とその復興期の停滞で戦後すぐの時点では9時間、やがて戦前並の8時間となり、
この1956(昭和31)年11月19日の全線電化開業を持って遂に8時間の壁を破り7時間30分!
しかし動力近代化の威力は凄まじくその僅か2年後、電車化すると所要6時間55分となり日帰り実現!
更に6時間30分まで短縮!
そして雁行する急行列車も電車化の威力で何と急行乍らかつての客車特急並の7時間30分教で走破するようになりました。
然し在来東海道本線の栄光もここまで。
1964(昭和39)年の東海道新幹線開業で更に劇的に短縮され今では東京〜新大阪間2時間25分!
我が最寄り駅(山陽新幹線徳山)から最速列車(同駅停車の)[のぞみ]を利用すれば4時間30分ほどで
帝都の土を踏めるようになりました。
高速化・高性能化それ自体は慶賀でありますがしかしそこに客レの出番はなくかつては車種を問わず列車種別を問わず
醸し出されていた[鉄道旅]ならではの[旅情]が薄くなってしまった様にも感じるのは老齢期の入り口に差し掛かった
アラカン世代の繰り言でしょうか?(^^);

添付したのは流石にその当時は生まれておらずまた沿線ではなかったこともあって関連写真が無く、
お目汚しではありますが下手くそな落書き(楽描き?)画像です。








               
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