倶楽部メモ(762)
平成28年 8月12日〜 8月13日

走る文化財としての客車 ・ 戦前の客車塗色に関して


投稿者

EF58 129

投稿日

2016年 8月12日(金)20時05分23秒

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Re:ブルトレ・トワイライト

>鈴木昌生様
御返信頂き誠にありがとうございます。
非営業とはいえ食堂車に教育を受けた従業員が乗務されていてよかったと思います。
これが後年やる気のない接客態度すらまともでない学生バイトになるとは・・・。
駅弁の問題も幕の内オンリーというのが客を馬鹿にしているような気がします。今や東京や
上野の構内では駅弁が百花繚乱。その時代の前と言えど食とは重要なものですからせめて
3種類程度の選択肢があっても然るべきというのは我儘でしょか・・・。
そうでなければ博多で事前に「車内での駅弁の販売は無い。お買い求めは今のうちに」と
言ったアナウンスをしても罰は当たらないでしょう・・・。

「北斗星」も運転開始後浮上した新たな需要、道南へのビジネス列車という利用目的は
確かにありますね。私も室蘭へ出張した際、東室蘭への到着時刻の良さで利用しました。
飛行機だと一度南千歳で乗り換えなければならないのが面倒でして・・・。
他にも「北斗星」1号にはB寝台車のヒルネや14系の増結があった時期もありましたので、
隠れた需要やビジネス需要の掘り起こしは必要だったと思います。
また仰る通りリゾート列車の側面もある「北斗星」とは一線を画したビジネスライクの列車
が1本くらいあっても良かったと思います。
そうなると2人用A個室寝台の「ツインデラックス」は不要ですし、B寝台もプライバシーの
守られる「ソロ」の方が望ましいですし、食堂車も夕食時には「グランシャリオ」で提供
される様な豪華ディナーや、ディナータイム・パブタイムの垣根も取り払い、安価な定食や
単品メニュー、そして酒類の提供をメインにしたものとし、朝食時は和定食と洋定食と
単品で数をこなす様なシステムの列車(まるで東海道新幹線開業前の東海道線夜行急行列車
の様ですが)が道南各所に8〜9時台着、クライアントには約1時間後程度に入れるような
時間であれば飛行機に充分勝負できたと思うのは私の戯れ言でしょうか・・・。

「TES」の北陸⇔北海道プラン、これは自社優遇の手前味噌的プランですよね。もっと稼ぐ気
になればスイッチバックや機回しのリスクを冒してでも新潟入線させて東京・上野・大宮発
新潟経由のプランを組んでJR東の客も奪い取る位の商売してほしかったですね。

函館の件も以前書かせて頂いた通り、名物「朝市」がありますし、乗客の特典として
「湯の川温泉で朝湯」の様なプランを営業的に開拓する様な努力が欠けていたと思います。

やはり根底にあるのはJR各社(無論国鉄・運輸省・鉄道省も含め)の殿様商売の系譜が未だ
伝統的にのさばっているのではないかと思う次第です。




投稿者

EF58 129

投稿日

2016年 8月12日(金)21時01分40秒

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Re:走る文化財としての客車

>鈴木昌生様
更に続きましてJR東日本の旧型客車の件にて私感を述べさせて頂きます。

旧型客車の安全性はご存知と思いますがあの手動ドアが全てを物語っております。
通勤・通学ラッシュの時間帯、列車の動揺でデッキにぶら下がっていた客やふざけていた
高校生が転落死という例は数知れず、そして一番有名なのは箏曲家・宮城道雄の転落死。
そういえば日暮里に常磐線の客レがさしかかると「飛び降りはご遠慮ください」
「飛び乗らないでください」といった放送があったような気がします。

これを避けんばかりに以前は全てのデッキに社員を張付け、現在は市販のドアクローザーと
電磁石を使った半自動ドアを設置してあります。
また、機関車と車掌との通信に供するべくデジタル無線を使用しています。
雨漏り対策なのか屋根は布張りから塗屋根にされてしまいました。
そして世の中の照明機器のLED化に乗ったのか、照明の改造を施しました。

しかしながら、国土交通省の命令(?)のせいか、楽しみを奪われた面も多いのです。
手動ドアを閉めるのは仕方ないにしても、列車が停車したにもかかわらず、ドアを
開けさせない東の社員。手動ドアを開けるくらいの楽しみを客に残せと言いたいです。
そんなに開けたければ大井川鐵道に行けば嫌と言う程できますが・・・。

そしてそのドアの戸閉表示灯を車側に取付け、デジタル無線アンテナを車掌室上や妻面に
取り付けるという見た目無視の無様且つ無粋且つみっともないな改悪。
挙句の果てには室内照明を家電量販品でごまかすという旧型客車ファンとしては赦し難い
ふざけた改悪を働きました。もうでたらめのオンパレードです。

同じように旧型客車を運用していたJR北海道はこんな愚かしい改悪はしませんでした。
デジタル無線アンテナを車外に付けず、ドアの自動ロックはあるものの車側に戸閉表示灯は
付けない、照明のランプシェードはオリジナル若しくは複製、内装の塗りつぶし塗料の
剥ぎ取り・原状復帰。車体のレタリングも考証に則ったもの。
あれだけ事故や赤字だと世間から叩かれたJR北海道でもやれることをJR東日本はやらない
否やろうともしない。やるとすれば世間に対して目立つとこだけ。

そのいい例が東京駅丸の内駅舎、あの工事に500億もの巨費を投じているのです。
それだけあれば只見線の完全復旧や三陸の復興ができるわけですし、その数百分の一でも
あれば旧型客車の原状復帰だけでなく、鉄道博物館展示車輛のインチキレストアのやり直し
ができる訳です。

申し訳ありません。旧型客車の件になると現状を憂いて荒れてしまい申し訳ありません。
続きは書き直しますので少々お待ちください。




投稿者

EF58 129

投稿日

2016年 8月12日(金)22時22分19秒

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Re:走る文化財としての客車その2

>鈴木昌生様
すいませんでした。続きを述べさせて頂きます。
そうなんですよね。よくマスゴミは「SLに乗ります」等とレポータに喋らせますが、
私はよく「ほぉ〜。こいつ女だてらに訓練も受けずにカマ焚きやるんかねw」とツッこんで
しまいます。当然マスゴミはじめ素人の連中が乗るのは客車。
しかし仰られる通りその客車にスポットライトを当てる者は全くいません。
そして話題は蒸機ばかり。これが電機だと話題にもなりません。
正直このようないい加減な取り上げ方しかしないならほっといてほしいものです。

そういや高崎のホームでは素人共がD51やC61を囲んで記念撮影すらできない程群れる始末。
前頭部に行けば親子鉄が他人の迷惑も顧みずスマホやガラケーで記念撮影。
水上に行けば、転車台が動けばベビーベッドの上の回転おもちゃよろしくチャイムが鳴り、
留置線は檻で囲まれ撮影不能。なんだかな・・・。

もう四半世紀も前の話になってしまうのですが、GWの時期高崎⇔水上運転のSL奥利根に毎回
旧客が充当されていたのですが、一か月前に毎日みどりの窓口に通い指定席券を所望する
ものの全滅。そして運転初日、TVでその模様を観たところ、客車(オハニ36でした)にも
車窓の景色にも目もくれずゲーム機で遊んでいる子供が映り、ブチ切れた私は大暴れした
ものです。所詮素人には貴重な客車もただの箱なんですよね。

そんな連中には12系にでも乗って(これも貴重品ですがw)楽しんでほしいです。
まずは客車の歴史や歴史的価値といったことを学ぶべきだと思います。
私は図書館のバイトですが、児童書の図鑑など大人の鉄チャンですらついじっくり読みたく
なるほど高度かつ手抜きの無い説明、ごまかしも無い内容で、良書だと思う次第です。

しかし素人はそこまでして蒸機に固執するのか不明です。そしてJR東日本も上記の復元ばかりに
血道を上げて電機や客車などどうでもいいや的扱い。電機と言えばEF58 61はどこに消えたの
でしょう。東京総合車セのイベントで展示されたのは2008年。あれから8年。C61 20は台枠に
亀裂が入っているのに走り、ロクイチも同じ台枠亀裂であるのに隠匿。
46年前、まさかとは思いますが、蒸気機関車館を最終予定地だった小山から関西支社長等の
連中に強奪され梅小路になったことを未だに根に持って蒸機復元に執着しているのではと
思えてきます。

しかし、客車もJR西日本の様な実用レプリカ、JR東日本でも導入するべきだと思います。
早晩旧型客車もパリアフリーにしろという団体が言いがかりをつけるでしょう
現在の旧型客車を改造対応するのは無理があると思います。
前述の内装の改悪に続いてボックスの撤去や便所周りの大改悪。
かくいう私も障害者なのですが、車椅子ばかり依怙贔屓する姿勢が気に入りません。




投稿者

EF58 129

投稿日

2016年 8月12日(金)22時57分25秒

タイトル

Re:走る文化財としての客車その3

>鈴木昌生様
スンマセン。まだ書き忘れがありました。
20系のレプリカ、これは気づきませんでした。
B寝台車の夜間は厳しそうですが、昼間運転はなかなかいいものです。
52cm幅の寝台は昼座るには丁度良く、天井が高いので広々して気分がいいです。
これで電源車込み7連だと使い道も多そうです。

それと前項で書きました素人共の蒸機執着も正直分かりません。
私は蒸機より電機の方が好みでして、その中でもEF58 61の行方が気になってます。
最後に鉄チャンの前に姿を現したのは2008年の東京総合車セのイベント。
それから8年。台枠に亀裂が入っているそうですが、C61 20も台枠亀裂入り。
これがJR東日本の体質でしょう。素人をジャンジャン集客できるC61と鉄チャンしか
集まらないロクイチ。正直鉄が気に入らないから当てつけにロクイチを秘密裏に解体
したのではと勘ぐってしまいます。
赤い電機、旧型客車には必須の機関車ですね。
そういえば以前利府に固めて保管してましたが今はどうなのでしょう、
もし全車解体されていたら赦せません。

これが最後なのですが、
JR東日本は心底旧型客車が嫌いなのでしょう。
今まで犯してきた数々の改悪。自家用車で現地入りして撮影するだけのJRにびた一文
落とさない撮り鉄は細かいところまで映らないのでいいのでしょうが、
乗り鉄はそうはいかないです。
戸閉表示灯然りデジタル無線アンテナ然り・・・。
そして室内照明を家電量販品にすることを思いついた奴、認可した奴。
本社の人間か、高崎車両センタの人間か、秋田総合車セの人間か知りませんが、
頭の程度を疑います。




投稿者

客車

投稿日

2016年 8月12日(金)23時41分50秒

タイトル

戦前の客車塗色に関して

クモイ103さま
マイテ帯色、確かに証拠の品無くば話は進められませんね。物置探してみます。

さて話は変わりますが、戦前の客車塗色について疑問点があるので聞き置いて下さい。
何か分かりましたらお知らせ下さい。

戦前の客車塗色に関して、
1929年創刊の日本最初の鉄道趣味誌「鉄道」の1932年頃の読者投稿欄に、
車輌の塗色は、蒸気機関車や貨車は言うに及ばず、客車や電気機関車や電車等も全て「黒」。
なんとかならないのか、との投稿が載っています。
塗色確認場所はおそらく現在の東京都内でしょうか。
そして1935年頃の読者投稿欄には上記と同一人物と思われる稿欄で、
客車や電車はようやく「ブドウ色」になったが、一等車だけは相変わらず「黒」なる記述が見られます。
リアルタイムで車輌を見ていた方の投稿なので信用できると思いますが、そうすると以下の疑問が涌いてきます。
1,客車と電車のブドウ色への塗え替え期間は何年頃から何年頃か。
2,一等車がブドウ色に塗り替えられた時期は何年頃からか。
ここで興味を引くのは一等車の塗り替え時期で、
丹那トンネル開通時(1934年)近辺では富士燕は一等車だけは黒の特徴有る混色編成が存在したのですね。
一等車車塗り替えには何かきっかけが必要と思われ、新製車スイテ37040(49) 1938年製あたり迄引き延ばされた
可能性もあります。

ですから戦前の一番人気、水槽車付超特急燕では少なくとも展望車だけは車体塗色は「漆黒」と思われます。




投稿者

鈴木昌生

投稿日

2016年 8月13日(土)14時35分57秒

タイトル

日本海は黄昏れて

「トワイライトエクスプレス」の愛称「だけ」は決して評価しない私。
あと,ネタを振ったのは私ですが「新潟経由」がこんなに反響があるとは思いませんでした。
「それ」こそ同列車が以前の寝台特急とは「異なる存在」ということを示していた証拠だと思うので。
「乗車自体」を商品にすれば,それが当然でしょう。

EF58 129様
行程に占める西の割合からすれば,「北海道対北陸」のプランでは,同社の取り分は少ないと思います。
全く知りませんが,提携する旅館等から手数料の様な収入が見込めたのでしょうか。
殿様商売といっても,民営化後ですから,「いいサービスを得たければもっとカネ出せ!」ということであって,
経由とは何の関係も無いと思いますが。

実は昨日,空き時間にトワイライトエクスプレスに関する本を書店で見て来ました。
ここで話題にはなっていなかったようで,少し意外です。私も実物を見たのは初めてでした。
学研パブリッシング 「ありがとうトワイライトエクスプレス」
なんか妙な印象を受ける書名です。私はこの本を欲しいとは思いませんが,誕生の裏話は「面白い」ですよ。
今年,高校生が「トワイライトエクスプレスをJR北海道に贈ろう」とツイートしていました。
私は反対なので,「反論があればお受けします」と引用コメントを投稿した上,リツイートしました。
「劣化した車両を経営状況が厳しい会社に贈る」なんて「北海道が引きうける訳は無い」けれど,
「嫌がらせ」とどう違うんでしょうか。
「被災地に期限切れ食品を安く売る」のと大差無いと思いますが。私もこの年でバカですが,いくら高校生とはいえ。




投稿者

マロネロ38

投稿日

2016年 8月13日(土)16時53分22秒

タイトル

列車の愛称

トワイライト エクスプレスの愛称は私も嫌いでした。
薄明、黄昏の両方の意味があるとしても丸でワーグナー作曲の
「神々の黄昏」die gotterdammerung(ドイツ語 キーが無いので)
が第一に想い出されて嫌な愛称だなと想いました。

深緑色の車体も「軍用列車だ」と言ったファンも居ましたが------。

列車名はとにかく前述の"The Canadian"の様なステンレス車体を新造して、
もうすこし新機軸と「乗りやすい特急」にして欲しかったです。

食堂車にしても夕食の洋が1万円近くて、和食が6000円では高止まりすぎだったでしょう。




投稿者

鈴木昌生

投稿日

2016年 8月13日(土)23時40分5秒

タイトル

トワイライト

マロネロ38様
おやこれは意見が合いそうです。
まず名前が長い。ここでも入力するのが正直面倒でした。
そして,マロネロ38様は指摘されていませんが,英語に限らず外国語に詳しく無い私が得た限りでも,
ケチがまだ付けられます。
「黄昏」はまだ「好意的な解釈」です。「この世とあの世の境」という意味すらあるそうです。
そういえば「トワイライトゾーン」という怪談系海外ドラマが日本でも放送された筈なのですが。
もう一つ「雪隠」という意味もあります。
これは前述の意味から転じたと思っていたのですが,発音が「トワイライト」と「トイレット」が近いからなのだそうです。
昨年,この話題をツイートしたところ,私のツイートにしては多くの反響がありました。
やり取りして頂いた方の中には示唆に富む反応もありましたが,浅学な自分にはどうしようもできないままです。

おそらく買う事は無いと思うのですが,「ありがとう トワイライトエクスプレス」の「誕生裏話」には
「初期塗装案」や「製作費」も収録されていました。
社員は例のThe Canadian”にもわざわざ乗車したようです。
そしてこんな恥ずかしい愛称を提案したのが誰なのか名前は出ていませんが「どういう人」だったのかは記載がありました。

食事については「そういう非日常の列車」だったので止むを得ないと思います。

しかし,亡霊の如くしぶとく生き残り続ける「トワイライトエクスプレス」という名。
客車からは出て行きましたが,来年また戻ってくるのですよね。
西が本州3社で「不祥事は全く差し引いても」上場2番目だったにもかかわらず,
自分の中ではなにかパッとした印象が無いのは
「こんな愛称の列車」を「看板」として頼っていたからでは,と思ってしまいます。
そもそも新車投入の噂すら見聞きした覚えがありませんでしたし。
実質,運転終了25年前!で進化・変化は止まっていましたしね。




 
 
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