まず,EF58 129様への返信です。
以前の投稿を拝見し,私より年長とお見受けしました。
にも関わらず,読み返してみると自分の投稿には「挑発的」な個所が感じられ,
先人に対する礼節が欠けていたのかも知れません。もしそうでしたら,ご容赦頂ければ幸いです。
>「サンライズ」
これもツイッターで見た限りですが,「日による」物とは思いますが,特別乗車率が良い,
連日満席ともいえないのが事実のようで,予断を許す状況では無いかと思います。
>「トワイライトエクスプレス」
スイートは展望タイプが丁度台車の上に客室なので,乗り心地は良く無かったらしいので,
その為に増備車は中間車にした,と推測するのが正解なのでしょう。
おそらく,後進の「カシオペア」「七つ星」等はそこを技術の進歩で改善しているとは思うのですが。
この列車の奇妙さは書いたら止まらない気がするので,今日はここで終わりにしますが,
食堂車を取り上げられたまま消えた先輩列車「日本海1・4号」が気の毒です。
>「北斗星」ディナータイム
私も2・3度,個室への注文含め利用した経験はありますが,利用者からは「確実性」
食堂営業者からは「食材ロス」の可能性を減らせるという点で,「北斗星」の功績の1つだと思うのですが,
「そんなに」利用者が減っていたのですか。
これも「鉄道ジャーナル」の投稿にありましたが,「北斗星」ディナータイムの予約券は,
同列車の寝台券と異なり「JRみどりの窓口でも販売していない会社があった」のですよね。
あれだけの人気列車だったのに,この点が大きく「一般メディア」で報じられた記憶は私にはありません。
もしかすると,「廃止されるまで改善されなかった」可能性もあります。
こういった「ソフト面での改善の無さ」が客の逸失に繋がったのでは,という気もします。
尚,運転開始から3年,丁度指標的に「バブルが崩壊した頃」に「メニュー削減と値上げ」をした記憶もあります。
まあ,その数ヶ月後に「みずほ」「出雲1・4号」が食堂車を営業休止にしたことに比べれば「まし」と言えますが。
私はサービス改善に伴う定員減が,方式問わず夜行列車衰退に繋がった,とは思いません。
昭和54年に当時の運輸事務次官が「夜行列車全廃論」を主張したそうですから,
この頃,普通から特急まで「平均的には」利用者は既にピークを越えていた,と思われます。
私が主張したかったのは,長期的に夜行列車をどうするのかは考えずに,
好景気や経営安定化基金で自信過剰になり利用者動向と言うのか実態を見極めず,
ただ「やれば客席が埋まるだろう」程度の考えで珍奇・奇抜な車両を改造で投入し走らせていたのでは,
ということなのです。
その証拠とでもいいましょうか,「ソロ」などまるで恐る恐るの様に,各列車せいぜい1両程度でした。
九州は分割民営化の「意義」を理解し,きちんとした経営方針を早期に打ち立てていたのか,
本州直通ブルートレインには「ほとんど」手を付けませんでした。利益配分からすれば正解です。
北海道は,配分からすれば利幅は少ないと思うのですが,自社受け持ちの「北斗星1・2号」は,
簡易的なBコンパートも個室に含めれば誕生10年で健気にも全室個室化を達成しました。
ですが,それからさらに時間が経過した今,この2社を比較すると,
手を掛けてもほとんど意味は無かった,という気がします。
>ヤフオク
この話は私も客車列車に限らずネットで知りました。
大問題です。記名式にするのが現実的な解決法かと思います。
しかし,そういう事をする者が出るのは「人気列車があるから」なので,「有名税」という気すらします。
余談ですが,20系化後「あさかぜ」には「ダフ屋が出た」と何かで読んだ記憶があります。
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