倶楽部メモ(634)
平成22年11月25日〜11月29日 |
中国の客車列車 ・ 亜欧連絡
投稿者 |
きむたお |
投稿日 |
2010年11月25日(木)23時46分30秒 |
タイトル |
遼寧省の客車列車 |
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みなさまこんばんは。
今週、出張にて客車列車に乗車できました!
2010/11/22、大連→瓦房店。
K7337次
↑DF4D0051
営XL25K205517
口SYZ25K344823(1)
SYZ25K344827(2)
SYZ25K344828(3)
SYZ25K344825(4)
SYZ25K344625(5)(大連→瓦房店:乗)
SYZ25K345624(6)
SRZ25K110845(8)
KD25K998154(9)
・機関車は6軸のディーゼル機関車。なお、「DF」は6軸のDLという意味ではなく、東風(Dong Feng)の頭文字です。
・客車の形式の頭に「S」とあるのは2階建て車両です。すなわち、「双層・Shuang Ceng」の頭文字が付されています。
・XLは荷物車(行李=Xing Liの頭文字)。
・YZは普通車(硬座=Ying Zuoの頭文字)。
・RZはグリーン車(軟座=Ruan Zuoの頭文字)。
・KDは電源車(空調発電=Kong Tiao Fa Dianの頭文字)。
私の指定席は2階建ての下段でしたが、上越新幹線の下に乗るような空しい気分ではなく、
客車に乗れる!ということで楽しめました(^^)
列車は比較的空いており、当地の列車らしい、不愉快な思いもせずにあっという間の1時間半でした。
ちなみに、中国東北地方はかつての満州国ということもあってか、
相席の中国人乗客は少しですが日本語を話せる人で、楽しいひと時を過ごせました。
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投稿者 |
きむたお |
投稿日 |
2010年11月26日(金)00時20分5秒 |
タイトル |
大連行き特快 |
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引き続き、こちらの編成記録は出張帰路に瓦房店站にて見たT5302次、特別快速大連行きです。
2010/11/23、瓦房店にて。
T5302次
↑SS90026
大KD25K998764
連RW25K552310
YW25K671411
SRZ25B110533
SRZ25K110844
SRZ25B110530
SRZ25B110529
SRZ25K110846
SRZ25B110540
SYZ25K344821
SYZ25K344819
SYZ25K344831
・SS9は6軸の電気機関車です。
・下線を付した部分は推測です。
(記録中に列車が走り出して、正確に書き留められませんでしたが、その後の調査で類推したものです)
この列車は大連発着の優等列車でも特別な列車のようで、
このT5302の折り返しとなる長春行きT5301を含むいくつかの列車は大連站の待合室が一般とは区別されていました。
(空港のビジネスクラス向けとかのラウンジのような感じです)
添付写真はT5302次には関係の無い、11/22撮影の大連駅舎(満州国時代に日本軍が上野駅に準じて建設したものです)と
大連に停車する先の投稿のK7337次です。
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投稿者 |
XD1 at Phuket |
投稿日 |
2010年11月26日(金)02時06分28秒 |
タイトル |
動画投稿テスト |
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見れますか?
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投稿者 |
XD1 at Phuket |
投稿日 |
2010年11月26日(金)11時34分55秒 |
タイトル |
投稿動画 |
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先の投稿ですが、「ファイル(3g2:898.8KB)」をクリックすると、
この掲示板のファイルダウンロードのコーナーに飛びます。
そこで「0005592.3g2:898.8KB)」をクリックすると、動画ファイルのダウンロードになるか、
ブラウザに動画再生プラグインが入っていればブラウザ内で動画が再生されます。
汽車には乗れなかったのですが、所用でバスにてタイ国内を移動しました。
トランの近くでたまたま汽車の通過がありましたので、撮影しました。
旧式でエアコンの無い車輌ばかりで、各駅停車のようなものだと思います。
両方の扉が開いていて、それを通して向こう側が見える所もあります。
日本では安全規則で禁止ですよね、扉開きっぱなしは。
じつは、録画開始が遅れて機関車が良く写っていません。
この投稿の1枚目の画像が最初のコマですが、機関車の後ろが僅かに。
動画の形式が amc., 3gp, 3g2 などという(自分には)お馴染みではないもので、しかも1MB以内と指示されています。
オリジナルは3MBあり、形式も違います。フリーウエアで変換を行いましたが、どうも画質が悪くなりました。
http://www.easy-video-converter.com/
また、バスのガラス窓を通しての撮影で、これも画像低下の一因となっていると思います。
2枚目の画像は、バスの踏切通過時のものです。ド田舎の線路の雰囲気、分かるでしょうか
次の機会があれば、もっと綺麗なものになるように努力します。
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投稿者 |
きむたお |
投稿日 |
2010年11月27日(土)00時49分32秒 |
タイトル |
瓦房店→大連の快速列車 |
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みなさまこんにちは。
引き続き、大連の客車列車です。
最後に、瓦房店より大連まで乗車したK7560次、瓦房店発、大連行き快速です。
2010/11/23
K7560次
↑SS90017
大XL25G205537
連YZ25G344572(2)
YZ25G344550(3)
YZ25G344551(4)
YZ25G342212(6)
YZ25G344315(7)(乗車)
YZ25G344593(8)
CA25G892548(9)
RW25G551865(10)
YW25G668799(11)
YW25G667827(12)
YW25G669931(13)
YW25G669680(15)
YW25G667859(16)
KD25G998013
こちらはぐっと普通な平屋の客車で、25G系列で揃った美しい編成です。
編成はハザ、シ、ロネ、ハネと揃っておりますが、後半の寝台車(YW:硬臥車、RW:軟臥車)は非営業で、
立ち入りは禁止でした。(探検しようと立ち入ると乗務員に制止されました:汗)
車内は空いており、ヒマな乗務員がボックス席で終始トランプをして遊んでいました。
食堂車(CA:餐車)も営業しているのかどうなのか、一応、厨房からは料理の匂いがしていましたが、
服務員の姿は見えませんでした。
何はともあれ、仕事を終えた身体に客車の揺れ、走行音、暖房の暖かさ、
午後の射光はたいへん心地良いものでありました(^^)
写真は、ホームの低い瓦房店站に停車する同列車と、乗車した硬座車(YZ25G344315)と餐車(CA25G892548)の車内です。
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投稿者 |
ED76109 |
投稿日 |
2010年11月27日(土)07時23分21秒 |
タイトル |
松本清張氏「球形の荒野」から |
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おはようございます。昨晩はゆっくりとお休みになられましたでしょうか。「ED76109」でございます。
さて、表題のドラマを、先達の皆様方の中でご覧になった方がいらっしゃったのではと思いました。
小生、「鉄」の要素たっぷりの「清張作品」でありますので、期待して見ておりました。
原作は「昭和36年の夏」のこととなっていますので、テレビ版(「昭和39年10月」)とでは約3年の時間差がございます。
そこで、いつものように「戯言」調で、思うままに記させていただきます。
1 「田村正和」さん演じる野上書記官が、「比嘉愛未」さん演じる娘に会いたい一心で
「南禅寺」に呼び出すシーンがございました。
その際、「比嘉」さんが「京都」まで移動した際に乗車したのは、「モハ80系」の「夜行EC急行」という設定であります。
ただ、「昭和39年」であれば「153系」がすでに「トカホセ急行」としての位置を確立していた時期であります。
小生は、先達の皆様方の話題となりました「はりま」をイメージ致しました。
しかし、小生であれば「吊り掛け」式の走行音が気になって、おそらく「京都」まで徹夜する羽目になったでありましょう。
2 野上書記官が、欧州へ赴任するシーンがございました。
時は戦火が厳しくなる「昭和10年代後半」の設定だったと思います。
親子の惜別を飾ったのは「青帯の入ったマロネフ59」であったようであり、
白熱灯の灯るデッキと「うえの」の駅名表が確認できました。
しかし、以前「マロネロ38様」のレスにございましたように、「大陸連絡列車」は「東京発」が中心的存在であり、
「上野発」は「新潟」から「羅津(朝鮮民主主義人民共和国)」への航路が接続し、しかも「上野発」は「8時の701レ」。
小生の勝手な推察でありますが、「東京」よりは「上野」の方が別れを演出できると判断した
撮影スタッフの意図が感じられました。
3 刑事役の「生田斗馬」さん(愚娘が夢中のようですが)が、
聞き込みで「青山」「田園調布」と動き回わるシーンがございます。
「元東急目蒲線沿線在」の小生としては、「デハ系の3両編成」でも「出演」していただけるのかと思いました(!)。
さて、「田園調布」駅の周辺は、現在どのような状況なのかを今一つ踏まえていませんが(確か地下化されていたのでは?
「大岡山」は完全に地下化されているようですが・・・。)、
マンション等が立て込んでいて、とても「昭和30年代の雰囲気」が出せるとは思っておりません。
おそらく郊外でのロケーションだったのでありましょうが、
今後「昭和時代」が舞台のドラマ等は「CG」中心の撮影(特に「鉄」シーン)となるのでしょうか。
長々と失礼致しました。
以上、「0系ひかり」も登場した、本日放送予定の「球形の荒野・後編」が楽しみな「中年客車鉄ちゃん」でありました。 |
投稿者 |
マロネロ38 |
投稿日 |
2010年11月27日(土)10時09分56秒 |
タイトル |
亜欧連絡 |
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ED76109先生:
作品を読んで居ないので無責任な事は言えないのですが:--
書記官の赴任先が解りませんが昭和10年代後半なら事実上そのルートがモスクワまで
しか使えなかったのでは?
欧州大戦の勃発が昭和14年ですから西欧圏へは行け無いでしょう?他の東欧圏を経由
するほかは---ルーマニア−ハンガリー−オ-ストリア。ルーマニア−ユーゴースラヴ
ィア−イタリー。フィンランド-スエーデンも最初は何とか使えたでしょう。外交官
特権でモグリ込めたかも知れませんが。
TVドラマには「オカシナ設定」が多いですが、作者や脚本家が時代背景を余り重視して
居ない面があります。
敦賀経由は1等廃止後TR71付きのマロネフ37が使用された様ですが、W屋根3軸車
を出したのが及第点? |
投稿者 |
雑魚 |
投稿日 |
2010年11月27日(土)11時07分18秒 |
タイトル |
九州 ブルトレの終焉 |
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先日、XD1様から御紹介がありました、JR西日本→マレーシアの
車両譲渡について、
新聞報道によると、24系寝台車や「ムーンライト」用の14系が、15日深夜〜16日未明に
下関港にて船積みされ
25日に出航したとの事。XD1様のレポートから、鉄道の整備が
良好と思われる同国にあって、末永い活躍を祈念します。
一方、廃止された「富士ぶさ」を短編成化して、イベント運転であちこち奔走していた
JR九州の寝台車は、当面、活躍するものと思いきや、20〜23日の、長崎・鹿児島中央
往復運用を以て、運用を終了したとの事。九州新幹線全通「前夜祭」の様な格好ですが、
新旧世代の交替を巧みに演出した印象すら受けます。 |
投稿者 |
ED76109 |
投稿日 |
2010年11月28日(日)07時22分45秒 |
タイトル |
フィンランドからストックホルムへ |
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おはようございます。早朝に登場致します。「ED76109」であります。
マロネロ38様
>昭和10年代後半なら事実上そのルートがモスクワまでしか使えなかったのでは?
御意。欧州戦線が拡大していたことを考えれば、当然のことであります。
「新潟・羅津」航路も、他国からの攻撃により「昭和17年末」の段階でほぼ運行停止の状況
(「昭和を走った列車物語・国際連絡列車から(キャンブックス・JTB編)」)とあります。
であれば、あくまで推測の域ですが、「野上書記官」は
「新潟-羅津-ハルピン-満州里-モスクワ-レニングラード(現サンクトペテルブルグ)-ヘルシンキ-ストックホルム」
のルートで赴任したという設定でございましょうか。
>敦賀経由は1等廃止後TR71付きのマロネフ37が使用された様
「昭和を走った列車物語・国際連絡列車から(キャンブックス・JTB編)」では、
「昭和9年12月のダイヤ改正」により「マイロネフ37」から「マロネフ37」に変更された旨が記されております。
なお、同ダイヤ改正により、「東京発22時急行19レ」に「毎月5・15・25及び末日」併結され、
「米原」から「普通604〜3レ」に車両ごとリレーされて「敦賀港」着が翌朝9時03分。
そして、航路にて「ウラジオストック」に渡ったのでありました。
小生、東アジアに平和が訪れた後は、是非とも「平壌-モスクワ」の世界一最長距離列車でヨーロッパへ・・・
との夢を追っております。
しかし、実現される日が来るのでございましょうか?
長々と失礼致しました。以上、「中年客車鉄ちゃん」でありました。 |
投稿者 |
マロネロ38 |
投稿日 |
2010年11月28日(日)15時06分18秒 |
タイトル |
急行あさひ利用? |
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ED76109先生:
ハルビン経由なら羅津202レ9.00→吉林経由急行「あさひ」−奉天22.50→急行17レ
23.05-ハルビン8.05-701レ9.50→満洲里翌日10.35???全部1等連結だから外交官
が利用ならこの連絡でしょう???それからレニングラ−ドまで一週間以上。作家の
林芙美子がシベリア鉄道利用でパリへ行ったらしいが、大変な様子を書いて居ました。
平壊−モスクワが何時設定されたか存じませんが、1993年の中国時刻表(極めて読み
難い)には北京−平壊の特快しか出ていません。今の状態なら安東(現丹東)からしか
方法が無いでしょう。 |
投稿者 |
きむたお |
投稿日 |
2010年11月28日(日)17時30分17秒 |
タイトル |
平壌→モスクワ |
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▼
ED76109様、マロネロ38様
先日、大連站で当地の時刻表を入手、
巻末にある「国際聯運」というページを見て国際列車に思いをはせていたところにタイムリーな話題です。
確かに、日本人が平壌へ行くのは事実上不可能な時代ですね・・・。
ED76109様はそのような現状から東アジア平和への願いを記されたものと思います。
平壌→北京、北京→モスクワ(莫斯科)の列車はそれぞれありますので、
それが一本になれば、という思いと私は受け取りました。
でも、実際は過去にはそんな列車があったのでしょうか?
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投稿者 |
雑魚 |
投稿日 |
2010年11月29日(月)13時18分10秒 |
タイトル |
真相報道 バンキシャ! |
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日曜夕の御約束「笑点」に続いて観る事が多い日テレ「真相報道
バンキシャ!」の
昨日放映分で、先日言及したタイ・マレーシア・ミャンマー、各国への中古の鉄道
車両輸出が報じられましたが、日本で経年劣化したものでも「故障が少ない」など、
技術的に高い評価を受けている様ですね。
関連して、ジャカルタ首都圏における元JR・東急車の「戦後買出し列車状態」も
紹介されましたが、改めて映像を見ると、建前上、禁止行為である事を弁えずとも、
かなり危なっかしい印象です。
この様な危険な状況が常態化しているのは、首都圏の地域人口が
2,400万超という
稠密状態にもかかわらず、電車の運転頻度が10分毎である為だそうです。車両数が
足りないのか、あるいは、高頻度運転を可能ならしめる信号管制が、未だ技術的に
覚束ないのか、事情は判りませんが、アセアン域では進歩的であろう、電化施設を
せっかく擁しているのですから、それに相応しい運行体制を、などと感じます。
それにしても、福澤アナの「車掌声色」は「ジャスト・ミート」でしたね(^^) |
投稿者 |
ED76109 |
投稿日 |
2010年11月29日(月)20時36分52秒 |
タイトル |
1両のみの「モスクワ行」 |
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毎度毎度失礼申し上げます。「ED76109」であります。
マロネロ38様及びきむたお様
小生が初めてこの話を見聞したのは、「NHK特集・シベリア鉄道(昭和57年放送)」において
「ウラン・ウデ」を紹介の折、「北京発」及び「平壌発」の「モスクワ行」の存在を知りました。
現在、関係サイト等を確認しますと、「1編成」ではなく「平壌発北京行の1両」が
「北京」で「モスクワ行国際列車」に併結されて、「9泊10日」の日程で「月二便」運行
されているとのこと。
「北京発の車両」との行き来は制限されており、「外国人」の乗車はご法度とのことであります。
愚娘たちは、「つまらないことで有名になることはない!!」と一言。
確かに「北海道の道立高校教諭、平壌発の国際列車内で拘束」といった見出しで、
新聞に載る気は毛頭ございません(笑)。
戯言失礼致しました。
以上、「雑魚」様がご覧になった「バンキシャ」で、
『錦糸町』の方向幕が入った「東急田園都市線車両」に感動した「中年客車鉄ちゃん」でありました。 |
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