弘前に住んでいた頃、北海道というところは異国のようなものでした。そこへ行くのは青函連絡船。
はじめて北海道に渡ったのは、小学校の修学旅行でした。
まだ往復青函連絡船を使わせてもらえるような状況ではなく、片道は青函フェリー、
天気は雨だったこともあり、あっちへゴロゴロ、こっちへゴロゴロといった船旅でした。
帰りは青函連絡船だったのですが、石狩丸という貨物船を改造したもので、さらに修学旅行用の臨時便
(本来は時刻表に非掲載の臨時便)で売店もない船でした。
その後、青春18切符の登場で青森発0時30分の船に乗ると24時間使えるということで
非常に貴重な旅行手段となりました。そのおかげで当時就航していたすべての船に乗ることが出来ました。
概観その他でもっとも状態がよさそうだったのが、摩周丸、クルージングに使っていた十和田丸といったところでしょうか。
羊蹄丸も状態はよかったです。
夏休みなどは、乗船名簿に○特印、特急からの乗り継ぎじゃないと深夜便に乗れないということで
2:30分の船に回されたこともありました。
さて、北海道に入った後は、44レのオハ36に感動し、スハフ44をスハフ43と混同していたこともあり、
普通のボックス車でがっかりしたり、見たことのなかったDD51の迫力に感動したりしたものでした。 |