倶楽部メモ(360)
平成19年 3月20日〜 4月11日



投稿者 バンブー
投稿日 3月20日(火)21時30分0秒
タイトル 今後の鉄ピク
今月号(5月号)の鉄道ピクトリアルの次号予告ページを見たところ、
7・8月号(5・6月発売)の特集が14・24系客車だそうです。
これで新系列客車の特集も一段落しましたね。
いよいよ残るはオハ31系と、禁断の戦災復旧70系ですね。
特集が組まれる日は来るのか?
鉄ピク編集部の皆様、ぜひともよろしくお願いします。



投稿者 日野実験線
投稿日 3月21日(水)18時07分53秒
タイトル Re:今後の鉄ピク
バンブー様、初めまして、管理人様ご無沙汰しております。

ピクトリアル誌で又14.24系の特集があるのですね・・・。
横から口を挟ませて頂くと、実はオハ31系と戦災復旧70系は
非常に特集になりにくいのです。
理由は簡単で、オハ31系は殆どの車が1960年代迄に廃車されて
しまった為、本文を書く事のできる方がいらっしゃらないこと・・・
70系は戦後の混乱期に急場しのぎで製造された為、不明点が多く、
又履歴などの記録も少ないために、やはり十分な解説が書けないことです。

実はピクトリアル誌の客車特集記事の執筆陣が一番知りたい(あるいは
趣味誌で特集してもらいたい)のもこの両系列であったりします。(苦笑)
両系列の特集は中々難しい面がありますがお互いに、あせらず気長に
待ちましょう・・・(笑



投稿者 青列車
投稿日 3月22日(木)13時35分57秒
タイトル 【特集】では急がないと…
>>日野実験線様
>>理由は簡単で、オハ31系は殆どの車が1960年代迄に廃車されて
>>しまった為、本文を書く事のできる方がいらっしゃらないこと・・・

そういえばオハ31系で営業用客車として使われていたのは何時頃まででしょう?
1960年生まれの私もオハ31系で知っているのは広鉄局管内の事業用だったスエ308とオル301、オル3010ぐらいです
(スハ32系なら、ダブルルーフもギリギリ体験していますが…)。

逆に10年前だったら或いはまだ特集を組んでも執筆者の人材はあったかと思うのですが…
此処最近斯界の大先輩方の訃報をいくつも聞いておりますだけに気になるところです。
御遺族方の御心中もさることながら、折角のこれまでの研究資料等が散逸してしまう事になったらそれも勿体無い話です。
70系客車もその現役時代を知る方々はもうかなりの御高齢ですから、聞き取り調査は急ぐ必要があるでしょうね。
その意味では、後進のためにも今のうちに出来得るだけ体系的なデータベースを残すのが肝心かと愚考します。

あの時もっとしっかり撮って置けば良かった車輛…(^^);
スハフ4218改めオハフ33630です。四半世紀ぐらい前の下関駅での撮影でした。

投稿者のホームページ



投稿者 T助役
投稿日 3月22日(木)19時48分0秒
タイトル トップナンバーの行方
長崎で00年6月に廃車になったスハネフ14−1ですが、
廃車になる結構前から運用から外れていたようですがいつごろから運用から外れていたのでしょうか?
過去ログで調べてみましたら、末期は休車になっていたことはわかったのですが・・・。



投稿者 日野実験線
投稿日 3月23日(金)15時35分9秒
タイトル Re:【特集】
青列車様、初めまして。

私もほぼ同年代でオハ31系は救援車しか知りません。営業用として使用されていたのは
データを見る限りでは昭和41,2年頃までだったようです。
私の場合は32系ダブルルーフも救援車でしか見たことがありません・・・


> 逆に10年前だったら或いはまだ特集を組んでも執筆者の人材はあったかと思うのですが…
> 此処最近斯界の大先輩方の訃報をいくつも聞いておりますだけに気になるところです。御
> 遺族方の御心中もさることながら、折角のこれまでの研究資料等が散逸してしまう事にな
> ったらそれも勿体無い話です。
> 70系客車もその現役時代を知る方々はもうかなりの御高齢ですから、聞き取り調査は急ぐ
> 必要があるでしょうね。

実は趣味誌での客車の特集、或いはデータベースの作成という計画は10年ほど前から
既に始動しております。最近の趣味誌上の客車特集もその成果の一部といえるでしょう。
又、「車両史編さん会」の「オハ31の一族」、「スハ32の一族」は最良のデータベース
と言えると思いますし、お亡くなりになられた諸先輩方の貴重な資料も御遺族の方の
御理解を頂いて有志がデジタル化、整理等を行っておりますますので、今後活用される
機会もあると思います。

オハフ33630の写真は中々貴重なものですね。私もしっかり撮っておけばという車は何両
もありますが、逆に撮る事ができた車の写真を保存するということも大切と考え、今は
昔撮ったネガのデジタル化を進めているところです。



投稿者 クモイ103
投稿日 3月24日(土)21時22分13秒
タイトル 大訂正:32-10改正[彗星]のスハフ
車掌@仙コリ様、そしてご乗車の皆様、これまで誤った情報を流していました。

 昭和32年10月1日ダイヤ改正で元祖「寝台列車」となった東京−大阪間急行[彗星]に連結された
唯1両の座席車スハフ42について、これまで折に触れて座席指定制だったと述べてきましたが、
当時の鉄道公報を精査したところ、登場当初は座席指定でなく「列車指定」だったことが判りました。
 関係箇所を丸写しでご紹介します。

------------------------
鉄道公報第2406号(昭和32年9月21日(土))通報
「列車時刻改正後における乗車券類の発売並びに旅客の取扱上の注意について(営業局)」
 本年10月1日から列車時刻の改正が行われるが、
これに伴って、乗車券類の発売上及び旅客の取扱上で一般の取扱方又は従来の取扱方と異なるものがあるので、
下記の点に留意し、誤りのないようにされたい。
 −中略−
2 普通急行列車第17・第18列車(彗星)関係
 この列車は、寝台専用列車であるが、寝台車のほかに3等座席車を1両連結するので、
この座席車に乗車する旅客に対しては、次によって取り扱うこととする。
(1) 旅客及び荷物運送規則(昭和25年5月日本国有鉄道公示第110号)第12条の規定により普通急行券の発売方を制限し、
  普通急行券に列車指定を行い、割当発売をする。
(2) 普通急行券の発売方及び列車の指定方は、旅客及び荷物運送取扱細則(昭和25年5月総裁達第254号)
  第36条の2の規定によるほか、普通急行券の裏面に「列車指定何月何日何列車何号車」の例により表示する。
(3) 前号によって発売した普通急行券は、列車を指定しているが、他の普通急行列車に対しても有効として取り扱う。
(4) 第2号によって発売した普通急行券を、旅行開始前に払いもどしをする場合は、
  旅客及び荷物運送規則第137条の規定による乗車列車を指定して発売した急行券とはせず、
  無指定の急行券として払いもどしの取扱いをする。
 −後略−
------------------------

 3等座席車の指定制の始まりについて整理すると、
特急については、これより前の昭和30年12月21日、特急[つばめ][はと]の3等車が
定員制から指定制へ変わっていることが、鉄道公報から判明しています([かもめ]については不明)。
特急以外では、これまでこの32-10改正時の[彗星]が最初と思っていましたが、
実は昭和33年8月1日に登場した気動車準急[ひかり]でした。
鉄道公報第2654号(昭和33年7月26日(土))通報「「急行料金・特別2等車料金・寝台料金を収受する列車等について」
の一部改正について(営業局)」に記載があります。
これに伴い「座席指定券」が初登場したことも、
同じ公報の総裁達第372号(日本国有鉄道乗車証規程の改正)で確認できます。
 2ヶ月後の33-10改正では、急行列車の2等車に新たに指定席車が導入されましたが、
この時[彗星]の3等車スハフも指定席となった模様です。
(参考:鉄道公報第2703号(昭和33年9月22日(月))通報
「急行料金・座席指定料金・寝台料金を収受する列車等について(営業局)」)

 なお、私は過去に「客車空気調和装置資料室」でも同様の誤った記述をしていますので、
今回の訂正は結果的に多重投稿となってしまう事、どうかご了承下さい。



投稿者 雑魚
投稿日 3月25日(日)17時04分12秒
タイトル ゴハチ 推参
先刻、東北線で見た光景です。これだけ美味しい組み合わせにもかかわらず、三脚
構えた「同業者」は、雨天が災いしたのか 意外にも 2〜3名程度。恥ずかしながら、
初めて見る茶色の「ゴハチ」は実に惚れ惚れする印象で、すっかり魅せられた私は、
水戸への帰途、蕎麦処で「ニハチ」を食したのでした(^^)

この「ゆとり」については、春季の運用頻度に鑑み、去就が注目される旨の言及が
DJ誌の最新号にありました。本当に気になる存在ですね。




投稿者 急行音戸
投稿日 3月29日(木)18時58分50秒
タイトル 無題です。
みなさんこんばんわ。
急行音戸と申します。
先日、念願の複合機を購入し、ネガなどから、読み取り&CD保存作業をしました。
やはり、機関車が断然多く、客車は...荷物列車のサイドビュー?が数枚。
その中から、懐かしい!S49年頃の向日町に憩う24系が!
当時4歳の私が撮影できるわけなく、国鉄職員の父が職権乱用?で撮影したものです。
マヤ24の並びです。




投稿者 にんにくたあ
投稿日 3月31日(土)21時42分54秒
タイトル 静岡発桜の便り
桜の便りを貼らせていただきます。
ようやく静岡の桜も盛りになってきました。
静岡は清水区の清水港線スハフ42の保存場所にて本日撮ってきました。

投稿者のホームページ



投稿者 雑魚
投稿日 4月 5日(木)13時23分34秒
タイトル ゴハチ 推参 (2)
25日に投稿した団臨の復路の様子です。最近は、こんな感じで、線路際のフェンスが
強化されつつある様で、幹線の撮影が少しずつ難しくなって来た印象です。もっとも、
あと十年もすれば、私好みの被写体それ自体、全て消滅する可能性が無きにしも非ず。

霞ヶ浦絡みの良景を求め幾度と無く通った鹿島鉄道も、終に廃止されてしまいました。
好天の度に苛まれた「撮り納めの為の妙な義務感」から解放され、その分、他路線を
落ち着いて観察できる訳ですが(特に茨城交通)やはり寂しいものです。車両は現在、
廃止・譲渡・保存の別に、石岡・常陸小川・鉾田駅に分散留置されている模様ですが、
果たしてどうなる事やら。




投稿者 岩崎安房守義将
投稿日 2007年 4月10日(火)22時26分40秒
タイトル 謎の・・・
管理人様、皆様、御無沙汰しております、岩崎安房にございます。
 本日、磐越東線の車中から何やら10系客車のショーティーらしいものを発見致しました!
 ナハ10類だと思うのですが、寝惚けたままに・・・
場所は川前駅か小川郷駅隣接地ですが、もしかすると過去ログにあるのかも知れませんが、
10系座席客車自体が希少なのでつい・・・
 失礼致しました。

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投稿者 車掌@仙コリ(管理人)
投稿日 2007年 4月11日(水)00時46分22秒
タイトル Re:謎の・・・
岩崎安房守義将様がお見かけになった車両は、確かに10系客車のようです。

この車両については鉄道ピクトリアルの10系特集(No.670)にも記事が掲載されていて、
磐越東線・小川郷駅そばで保存されている ナハ11 2060 → ナヤ11 2 のようです。

保存状態が半身で、私も列車内からしか見ていないため「保存客車資料館」には掲載して
いなかったのですが、確かに10系座席車の保存車は貴重ですので、掲載するようにしたい
と思います。

ちなみに私が撮影した写真も掲載してみます。
2003年春の撮影ですが、現状は塗装が屋根を中心に少々くたびれているようです。




投稿者 岩崎安房守義将
投稿日 2007年 4月11日(水)16時46分18秒
タイトル 早速の御返事感謝致します
管理人様、早速の御返事に深く感謝致します!
 とかく、機関車と違い客車(電車・気動車も同じですが)は保存に手間と費用が掛かり、
特に雨樋・屋根のベンチレーター周囲は現用車も手間が掛かります。
 某社ではベンチレーターを廃止して「飾り」とし、強制換気式に・・・と本気で図面引いたり、
雨樋だけFRPにするか?と言う論議があったり、車も家も使わなくなると朽ちるのが早いのは何故なのでしょうか、
そんな中で通説の「軽量客車は朽ちるのが早い」、これは現場人のお言葉を引用すれば「大して差は無い」そうです。
 客車自体稀少な昨今、動かし続ける事も大切ですが、形を残して後世に伝える事も重要です。
 しかし全国で保存されている客車を拝見すると、側板や窓回りなど「見える所」に傾注する様で、
中々コーキングボンド使って補修する・屋根板塩ビシート貼り等の作業は見られず、老婆心ながら心配をしている小生ですが、
下手に名乗りをあげると「経費+人工」の提供を期待されて特定非営利活動法人として破綻の危険が(笑)
 ただ、この掲示板の皆様の如く、「隠れた学術者」はもっと多いのでしょうね、
それらの「智恵」を「現場」に活かすシステムを考えて行く事が急務だと・・・
今回「カット11」を見て改めて思った次第です。
 御教示有り難うございました!
投稿者のホームページ



投稿者 車掌@仙コリ(管理人)
投稿日 2007年 4月11日(水)19時06分6秒
タイトル 磐越東線
岩崎安房守義将様
昨夜はそっけない返信で失礼致しました。
確かに保存車は屋根周りの痛みが激しいようで、比較的良い環境にあると思われる車両でも
雨樋まわりなどは厳しい状況となっている車両が多いようです。
きちんとメンテナンス出来るシステムを確立できないかと私も思いますし、この掲示板でも
保存活動、復活運転活動をしたいといったような書き込みは何回かありましたが、熱意だけ
ではどうにもならない事も多いようです。

ところで磐越東線にお出かけだったとの事、臨時列車の下見だったりしたのでしょうか?
ここ数年、毎年のようにSL列車等が運転されてきた磐越東線ですが、当初の計画での運転
は昨年までだったようで、実際に今年の運転に関しては情報が入ってきません。
SL牽引でなくても良いので(チケットが取りにくい現状を考えると、DL牽引で自由席が
嬉しいかも…)旧型客車使用の列車が走ってくれると嬉しいのですが。

またまた話が変わりますが、昨日は桜には早かったですかね?
夏井駅周辺は「夏井の千本桜」といって、桜の名所として知られています。
昨夜の画像と同じ日(「あぶくま新緑号」車窓)撮影の「夏井千本桜」の模様です。




投稿者 青列車
投稿日 2007年 4月11日(水)19時17分48秒
タイトル 【磐越東線】小川郷駅
岩崎安房守義将様、その節はお世話になりました。
車掌@仙コリ(管理人)様、どうも御無沙汰しております。

横から失礼します。
この車輛、私も2007年01月19日、現車を見かけました。磐越東線車中からでしたが…
以前は飲食店として使われていたようですが見た感じでは長いこと営業された形跡は無く
おそらく使用されていないのではないか?という雰囲気でした。

その時の道中記を弊ブログに紹介しております。
>>http://plaza.rakuten.co.jp/letrainblue/diary/200701280000/

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