倶楽部メモ(347)
平成18年10月 5日〜10月17日



投稿者 雑魚
投稿日 10月 5日(木)17時12分4秒
タイトル 客レと貨物とk
> 嵩上げしていないホームにステップ無しの車両から降りるのは

旧客で通学していた私の場合、ホームから外れた扉と知らず、うっかり転落した事も
何度かあります(^^)笑い話で済んだのは幸いでしたが、現在だったらエラい問題に
なりかねませんね。そう考えると、昨今の旧型客車を使用したイベント列車の類では、
各停車駅ホームや走行中のデッキにおける安全対策は、どの様に講じられているのか、
要員の配置状況はどうなっているか、など色々と気になりますね。

> 動力分散型車輛が旅客列車の主体となっている我国の方が例外的です。

加えて貨物輸送比率の低下傾向も、機関車牽引を伴う環境を共有する客車便の淘汰を
助長した観があります。貨物主体としての性格が客レの存続に結びついた例としては、
1984年に廃止された別府鉄道の土山線が連想されます。その前年、CTC化を契機に
全面気動車化された水郡線の場合、常陸大子以南での客レ運転は、西金の貨物輸送が
あったればこそか………などと感じています。

> ある「生活習慣」の違いで欧米人はしゃがむと言う行為が苦手なので、

皮膚の接着事情を考えると「日本流」の方が衛生的とも思えるのですが(何の話やら)
そういえば、先日我が家を訪問した米国人が「仕様の違い」に戸惑い気味でした(^^)



投稿者 クモイ103
投稿日 10月 5日(木)21時16分47秒
タイトル Re:急行「さぬき」の牽引機について
>UNO様
 はじめまして(1週間も経ってしまいましたが)。
客車ファンの掲示板では、機関車の形式はわかっても運用まではなかなかわからないようですね。
私もあいにく、ご質問に対する答えは持ち合わせておりません。
ここはひとつ、電気機関車ファンの方が集まるサイトにおいでになってはいかがでしょうか。
HP「想い出の日本国有鉄道」
URL … http://ef58.pos.to/railtop.html
この中の「58&15掲示板」へ行けば、あるいは答えが得られるかもしれません。



投稿者 UNO
投稿日 10月 6日(金)01時06分29秒
タイトル Re:急行「さぬき」の牽引機について
>クモイ103さま
 レス並びにお気遣いありがとうございます。
 過去の倶楽部メモで貴重な情報も得られていましたし、
 客車列車ということでここでお尋ねさせていただいた次第です。
 ご教示に従いまして、場所を変えてみます。
 ありがとうございました。


投稿者 やえもん
投稿日 10月 6日(金)23時55分31秒
タイトル 日野実験線様へ
こんばんは。
ことぶきについて調べてみました。
9203レ 京都16:20>宮崎11:30 急、@,全、B、食堂の各マーク
10/1.6.12.18.24.30.11/3.15運転
3202レ 西鹿児島14:44>新大阪10:27(大阪から9902レ)
10/4.9.15.21.27.11/2.6.18運転
ちなみに上りは博多経由です。


投稿者 日野実験線
投稿日 10月 7日(土)00時31分47秒
タイトル やえもん様
ご調査有難うございます。
列車番号から推察するに上りは予定臨の筋を使っているようですね。
マークからしてグリーン車になる前の1,2等級制度の時代の昭和42、或いは43年でしょうか?
当時の1等車、1等B寝台(多分オロネ10でしょう・・・)及び食堂車のようですね。
編成は今となっては調べようがありませんが、非常に興味深い組成ですね。
1,2等時代にはオロネフ10は存在していないのでスロフ(オロフ??)
或いは荷物車が連結されていたかもしれません・・・
運転日が下りと上りで連続していませんし、宮崎から西鹿児島までどのように回送したかも気になるところです。



投稿者 やえもん
投稿日 10月 8日(日)12時43分25秒
タイトル 日野実験線様その2
たびたびで失礼します。
先回の時刻はS.42.10のものです。
手持ちの臨時列車ガイドブックに詳しい記述が有りましたので転記します。
運転開始はS.42.3.3で京都<>別府の設定、
好評につきS.42.10.1に宮崎延長となったようです。
下記はS.47.10.1現在のものです。
運用番号 大秋臨2の(4) 受持駅区 向日町
向日町回9906京都9205大阪△7205南延岡8205宮崎
宮崎8206南延岡△7206大阪9206新大阪回9206向日町
現車数7 換算両数25.0 編成組数1 運用キロ1912.8キロ
   1     2     3     5     6     7   増7
オロネフ10 オロネ10 オロネ10 オロネ10 オロネ10 オロネ10 スロフ
  (拡)
(拡)の意味が分かりません。
識者の方、ご教示頂ければ幸いです。


投稿者 バロン
投稿日 10月10日(火)22時05分24秒
タイトル オロネ編成の件
やえもん様
ケイブンシャの機関車・電車大百科のカラーグラフ44ページに載っている、
C57牽引の列車「デラックスA寝台SL列車・日豊本線C57」が、
見たところオロネ×5、末尾スハフ42なのですが、これは下記の列車と関係あるのでしょうか
投稿者のホームページ


投稿者 雑魚
投稿日 10月11日(水)13時19分3秒
タイトル ケイブンシャ
> ケイブンシャの機関車・電車大百科

「ケイブンシャ/勁文社」とは懐かしい響きですね。鉄道に限らず、ラジコン・野球・
釣り・昆虫・特撮など、男の子を主たるターゲットとした「大百科シリーズ」は当時、
大ヒットを記録しました。今にして思えば、肉厚小型版の「豆本」仕様は、子供達の
持ち歩きを考慮した結果ではないかと感じています。

鉄道系では「富士」「さくら」などの乗車体験記が、漫画イラスト入りで、描かれて
いたのが印象的でしたね。当時「富士」は、南宮崎以西が非電化だった日豊線経由で
西鹿児島まで直通しており、下りの終着駅到着は、始発駅起算で二日目の夕刻。その
壮大な旅に憧憬を抱きつつも、丸一日、この列車に乗り通す人がどの程度いるものか、
子供心に気になりましたっけ(^^)

バロン様のサイトを拝見しました。先月24日に郡山まで直通した「フェアー ウェイ」
しっかり撮られていますね。数年前、磐越西線の定期快速便に供されていたと思しき
特急型編成が「赤ベコ」塗装に変更された手前、貴重な国鉄色の入線となりましたが、
あの日に限っての郡山直通の必然性とは何だったのか、良く判りません。私も上りを
矢吹−鏡石で撮りました(画像参照)H.M.の「臨時」表記は残念でしたが、稲刈前の
安積野を行く国鉄色には「大萌え」でした。

地形柄、上下線の分離区間が多い福島県下の東北線は、安達太良山や吾妻連峰などを
加味した豊富な「構図」のもと「北斗星」上りが毎日撮れるという事情があり、実に
羨ましい限りです。特に、松川−金谷川−南福島は何度訪ねても飽きませんが E.T.C.
非搭載の我が「貧乏号」では松川 P.A.の「スマート I.C.」を利用できず、臍を噛む
思いですね(^^)ここが利用できれば、無理をせずに 矢吹 I.C.を絡めた追跡撮影が
効くのですけどね。

水戸近郊在住の私の場合「北斗星」が撮れる最も身近な場所は、宝積寺−氏家ですが、
新幹線の高架が絡むなどして、直流区間での撮影地は、意外に限定される印象ですね。


投稿者 バロン
投稿日 10月11日(水)22時27分2秒
タイトル (無題)
雑魚様はじめまして。
ケイブンシャの本は仰せのとおり、ガンダム、ヤマト、鉄道模型、機関車、特急、特急・急行、ブルートレイン、
私鉄、私鉄特急、ウルトラマン、全怪人・怪獣、ファミコン、たのきんとりお、松田聖子、河合奈保子、
野球、サッカー、ファミコンなどいろいろありました。
 その中でも一番のバイブル的存在が「特急・急行大百科」で、
他の書物が特急しか乗せていないのに対し急行について書かれていたのが嬉しくてなりませんでした。
「急行・津軽【PC】・・東北急行の代表列車。別名出世列車といわれている。
写真は古豪・EF57の牽く津軽2号」「八甲田【EC】・・写真はEF57のトップナンバー」
「東海【EC】・・電車急行のパイオニア。165系を【東海型】と呼ぶほどの名急行だ」
「阿蘇【PC】・・九州急行の代表列車で東京、名古屋始発だったのが現在は新大阪始発となっている。
14系客車を使用したデラックス版」「いなわしろ【DC】たった1両の急行いなわしろ」などの記載が嬉しかったです。
 また、以前快速あいづライナーに使われていた車両は改造されてきぬがわとなり、あかべこははつかりのお古です。

投稿者のホームページ



投稿者 やえもん
投稿日 10月11日(水)23時42分38秒
タイトル 遅ればせながら
バロン様
レスが遅くなり申し訳有りませんでした。
ご指摘のSL急行は恐らくことぶきではないかと思われます。
最後の定期SL急行として人気のあった下り日南3号の無煙化が
S.49.4の宮崎電化だったと思います。

投稿者 雑魚
投稿日 10月12日(木)13時25分16秒
タイトル 急行 「大雪 1号」
> ケイブンシャの本は仰せのとおり(中略)いろいろありました。

「ウィキペディア」によると、カンフー・昆虫・天体まで網羅していたとか(^^)

> その中でも一番のバイブル的存在が「特急・急行大百科」で、

御意。普通列車用の車両が急行に使用される「遜色急行」の存在は、この本で初めて
知りました。当時は、かなり新鮮な驚きでしたね。遜色といえば「つやま」の趨勢は
改正の度に気になっています。

>「いなわしろ【DC】たった 1両の急行いなわしろ」などの記載

この列車は会津地方各地(喜多方・只見・会津田島)と県都・福島を結ぶ用務志向が
強い列車で、会津若松以西の「枝分かれ」区間において単行運転が行われた訳ですね。
同じ磐越西線の気動車急行「いいで」「あがの」に比べると、格下という印象でした。

単行運転の急行は、1985年に旭川→遠軽の「大雪 1号」で経験しました。遠軽以遠は、
普通列車として、今は亡き名寄線を興部まで直通するという、当時ならではの体制で、
車両は鈍足で有名なキハ40。旭川〜上川では途中無停車の筈が、現実には運転停車が
何度かあり、加速の悪さも相まって、これで急行料金を徴収するのは如何なものかと
思った程です(^^)

なお 当時の 3・4号(夜行)は、寝台車組込みの14系でしたから、同じ「大雪」でも
内容は雲泥の差でしたね。当時の道内夜行急行は「まりも」「利尻」も同様の編成で、
更に「利尻」と共通運用を組む、上り「宗谷」および下り「天北」も、昼行便ながら
寝台車を擁する事で「ヒルネ」が効くなど、夢の様な陣容でした。

> 快速あいづライナーに使われていた車両は改造されてきぬがわとなり、あかべこは
> はつかりのお古です。

然様でしたか。勘違い、失礼しました。いわゆる「赤ベコ」が青森の波動編成からの
転用となると、JR東日本が所管する国鉄色 485系は、もしや「フェアーウェイ」用
一編成のみという事になるのでしょうか。添付画像の如き光景も、既に過去帳入りと
なってしまったのでしょうかね。来春の改正では「雷鳥」が「サンダー・バード」に
全面移行すると聞きますから、ますます貴重な存在となりそうですね。


投稿者 EF5841
投稿日 10月15日(日)07時32分7秒
タイトル 急行「大雪」
80年頃、上川に住んでいたが、旭川からの終列車というか始発列車は「大雪」だった。
懐かしいなぁ!!
3・6街で飲み明かし、上川行22時40分に乗り遅れたとき良く利用した。
旭川1時4分(?)>上川2時8分(?)
酔いも手伝い暖房が入っている時なんぞ、上川は夢の中。
大抵、遠軽や留辺蕊まで連れて行かれた。
留辺蕊まででお目覚めなら、上り列車で始業時までに上川に戻れるが、そうは問屋が許さない。
北見、はたまた網走までお付き合いしたことがある。


投稿者 雑魚
投稿日 10月15日(日)16時10分34秒
タイトル 14系の 「簡リク」
> 大抵、遠軽や留辺蕊まで連れて行かれた。
> 北見、はたまた網走までお付き合いしたことがある。

中々のアドベンチャー振りですね(^^)私の場合、道内旅行において、旭川で飲んで
下り便に乗り、上川から上り便で折返し、翌朝、深川・岩見沢で「乗り潰し」対象の
支線に乗り換える、というパターンを何度か経験しました。

ちょっと寝相を変えただけで、大きな音を立て、その度に慌てて起きてしまう簡易式
リクライニング・シートは、当時の道内旅行の風物詩でもありましたね(^^)

投稿者 EF5841
投稿日 10月17日(火)23時10分53秒
タイトル 乗り越し
その後、東京勤務になってからは 東京ー高尾を2往復半やってしまった。
その距離は東京ー浜松の距離に匹敵する。
も少し時間帯の早い電車なら 名古屋 はたまた 米原位になってしまったかも・・・。




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