鉄道ピクトリアル2004年7月号「オハ35系」特集(1)の星 晃氏のインタビューによれば、
最小半径300mで角と角がぶつからないように、という計算を当時考え直し、
考えられる一番悪い状態でも大丈夫と言うところまで考慮して作り方を簡単にし、最終的に完全切妻にしたのだそうです。
とにかくカーブの時に角がぶつからないよう昔からあの形になっていたそうですが、
「もう一度調べて見ろ」と言う話が島 秀雄氏から出て計算をやり直したところ、
当時実在の曲線なら心配ないことがわかり、
(最小曲線は『ある車両メーカーの引込み線から出るところだけ』という話だった)
それで切妻になったのだそうです。
ただ、切妻に雨どい管をそのままの寸法でつけると困るので、
平べったいものに直してそれで解決したのが鋼体化客車やスハ43から現在に続く今の形なのだそうです。
オハ35を設計した人は木造車からやっていた、他の仕事から移らずに鋼製車を続けていた人なのだそうです。
車端を絞ると言うのは木製車時代から続く伝統のため、なかなか変えられなかったということもあったそうです。
客車にしても島氏に言われなければ車端が切妻にはならなかったのではないか、と供述されています。
作りやすさを考えると、つまり最初から考え直すと言うやり方が戦後入ったということでしょう。
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