43-10改正は東北本線全線電化完成に象徴されるように、
それまで東海道中心だった鉄道の近代化がやっと東北に回ってきたと言うことで意義深いものがあったと思います。
それでもなお、普通列車を中心に古い客車による長距離運行と言った形態がまとまった形で残ったあたり、
当時の国鉄の東北に対する見方がよく分かります。
東海道あたりだともう電車でも80系から113系へ世代交代の時代ですから。
でもまだまだ国鉄が輝いていた時代で、特急列車もさることながら、
この季節になると思い出すのは、上野駅の帰省ラッシュなんかがすごかったこと。
夜行列車待ちのテント、数え切れないほどの夜行臨時列車。
上野駅が満杯になって品川から山手貨物を経由して東北線へ向かうものがあったり、
機関車が足りなくなって普段は荷物用のEF56が旅客の先頭に立ったり、とても賑やかな光景が展開しました。
客車も予備車のかき集めらしく、茶色のオハ35やスハ32はもちろん、
ひどいのになるとオハ61なんかも混ざっていましたね。
61系は台車が悪いので80kmくらいになるとピッチングはひどいし、シートピッチもせまく、おまけに背中は板張り。
こんなのでよく急行券を取れるなあと思いました。
今は新幹線になったからというわけでもなさそうですが、年末年始もあそこまでの混雑は無くなったし、
何よりかつての始発駅上野も新幹線の途中駅となってすっかりさびしくなってしまいました。
43-10から東北新幹線開通あたりまでの時代の東北線上野口は、
新しいものと古いものが入り混じって、眺めていて飽きなかったですね。 |