ご無沙汰しております。
当方、最近は地元を走る「北斗星」の撮影兼編成記録をとることが多くなっていますが、
今回はそれより70年前のお話について絡ませていただきたく思います。
マロネロ38様
いつも、大変興味深いお話を楽しませていただいております。
昭和15年8月の1032レ「鴎」、展望車連結時代にマイネロフ37260(マイネロフ37)が増結されたことがあったとは驚きです。
「富士」にマイネ37100(マイネ37)や木製一等寝台車が増結されたことがあったのは存じていましたが、
「鴎」でも似たような事例があったのですね。
また、「鴎」の二等車は、「レイル No.23」等の記事によると、二等車はスロ30960(オロ36)が2両連結とされていて、
同誌に掲載の写真ではスロ31120(オロ40)の張上屋根車も使用されていたようなのですが、
同じ特急の「富士」「燕」の二等車には、乗務員室付のスロ34(スロ30750・スロ30770)が使用されていて、
それが「鴎」では乗務員室のないスロ30960(オロ36)とされていて、不思議に思っていました。
しかし、マロネロ38様のお話では、スロフ31100(オロフ33)が連結されていたとのことで、
それだと合点がいく気がいたします。
そうすると、マロネロ38様の乗車された「鴎」は、大体以下のような編成となるのでしょうか?
1 スハニ35750(スハニ32)
2〜5 スハ33650(オハ35)
6 スシ37800(スシ37)?
7 スロフ31120(オロフ33)
増8 マイネロフ37260(マイネロフ37)
8 スイテ37050(スイテ37)?
実に魅力的な編成だと思いますが、異なっている点などがあれば、ご教示いただけたら嬉しく思います。 |