倶楽部メモ(541)
平成21年 7月22日〜 7月25日



投稿者 ED76109
投稿日 2009年 7月22日(水)00時08分43秒
タイトル 50年前のトカホセ鈍行夜行
 おばんでございました。「ED76109」であります。

 先達の皆様方の「50周年」のお話を伺っておりましたら、ふと標題のことが気になりました。
少々古いお話ですが、「鉄」勉強の成果(笑)を・・・。

 昭和34年ごろの「トカホセ鈍行夜行列車」については、
下りに「4本」そして「上り」に「3本」の旧客夜行が運転されておりました。それぞれ以下のとおりであります。

 (下り)   111レ 東京14時20分→名古屋23時04分→大阪5時10分
          ※ 終着 門司 22時02分着
     129レ 東京21時50分→名古屋5時29分→大阪10時27分

     131レ 東京23時35分→名古屋7時21分→大阪12時29分

     421レ 東京23時40分→名古屋10時10分→大阪14時50分

 (上り)   130レ 大阪16時22分→名古屋21時→東京4時55分

     132レ 大阪18時10分→名古屋22時26分→東京5時40分

     112レ 大阪23時30分→名古屋4時25分→東京12時53分
           ※ 始発 門司7時26分発
      (参考 昭和31年11月19日改正より)

 このうち、「421レ」は以前「静岡始発」という性格上のため、
東京発が先発の「131レ」の5分後であるにもかかわらず、
「熱海」に「1時間5分」そして「沼津」に「44分」停車して、
「静岡 5時34分発」という時間つぶしを行っていた「変わり種」でありました。
 前述しておりますが、小生の「鉄」親父は「某商店の集金係」として、
都職員になるまでの「昭和25年〜昭和39年」の間、
「関西・九州」及び「東北」への出張には「旧客夜行」を利用しておりました。
 「トカホセ」の出張時には、「九州方面」には「111レ」、「関西方面」には「131レ」、
そして「静岡・浜松方面」の出張時には「東京始発の121レ」を愛用していたようであります。
ですから「鉄」親父は、「トカホセには、ゴハチが一番」といつも呟いておりました。
 しかし、現在は「トカホセ」どころか「山陽スジ」にも「PC列車」はありません。
奇しくも昨年は「ブルトレ登場50周年」の佳節の歳であったのに・・・。「嘆息」すら出て参りません。

 長々と失礼致しました。
以上、乗り合わせた列車で乗客が小生だけだったのは、昭和57年晩夏の「木次線備中落合・出雲横田」
及び平成12年初冬の「三江線宇久井・口羽」でありました「中年客車鉄ちゃん」でありました。



投稿者 雑魚
投稿日 2009年 7月22日(水)11時26分54秒
タイトル 有田鉄道の事
▼マロネロ38様:
> 有田(ありだ)鉄道はとっくに廃線ですよ。

その事を踏まえ、湯浅〜金屋口ではなく、JRの湯浅〜藤並(前ログでは「藤波」と
誤変換してしまいました)とした点を斟酌して頂ければ幸いです。



投稿者 マロネロ38
投稿日 2009年 7月22日(水)17時29分22秒
タイトル 129、130レ
ED76109先生:
上記列車は戦前ロネが連結されていたスジと似ているのでは??下りは131レか??
戦前確か大阪16.00台のロネ付き長距離鈍行があり、下りは名古屋−大阪間が急行7レ
より所要時間が短かかったのでは??



投稿者 ED76109
投稿日 2009年 7月22日(水)22時44分37秒
タイトル 37レ、36レのことでしょうか?
  また、失礼申し上げます。「ED76109」であります。

 マロネロ38様
 >戦前ロネが連結されていたスジと似ているのでは

  昭和15年10月10日改正によりますと、以下の列車が設定されております。

  (下り)  37レ 東京23時25分→名古屋7時54分→大阪11時48分

  (上り)  36レ 大阪16時20分→名古屋21時07分→東京5時45分

 上記列車については、「2、3等寝台車(マロネ37系及びスハ31系)」が連結されていたようであります。
牽引機は、「EF53・56・57」が「東京・沼津」。「C53・51及び57」が「沼津以西」といった具合。
また、「37レ」については、毎月7日に「ニ」が1両増結されるのありますが、
これは「少年及び少女倶楽部」等の雑誌輸送が理由であったとのことであり、
当時の鉄道が「国民生活」を支えていた証とも言えるのではありませんでしょうか。
 「マロネロ38様」の「トカホセ鈍行」の想い出は如何でありましょうか。

 長々と失礼いたしました。以上、「中年客車鉄ちゃん」でありました。



投稿者 のり
投稿日 2009年 7月22日(水)22時55分53秒
タイトル オヤ17 1
オヤ17 1の図面、もしくは室内構造全体の間取りを把握できる資料を探しています。
2の図面はジェイズの図面集で確認できたのですが…
実物を見に行ければいいのですが、九州の遠隔の地に住んでいますので簡単にはいきません。
情報お持ちの方いらっしゃいましたらよろしくお願いします。



投稿者 理左衛門
投稿日 2009年 7月24日(金)06時50分48秒
タイトル オハ35 2001
3連休パスで北東北の保存機関車めぐりをしましたが、
盛岡の交通公園のC58に連結されていたオハ35が素晴らしい保存状態でした




投稿者 仙コリ(管理人)
投稿日 2009年 7月24日(金)10時31分50秒
タイトル C5345復活試運転時の画像
マロネロ38様よりC5345復活試運転時の画像を送っていただきましたので掲出させていただきます。
撮影は昭和36年9月20日に西宮駅でとの事で、戦後廃車となったものの鷹取工場で保存されていて
交通科学博物館での展示のため復元され、翌21日に回送される前に撮影会が催されたそうです。
C5345は現在は梅小路蒸気機関車館にて静態保存されていますが、いったん廃車となった機関車が
回送のため動態復元され、自力走行での回送というのは現在では考えられない事で、立ち会えた
マロネロ38様が本当にうらやましいです。
(交通科学博物館→梅小路の回送の事はわからないのですが、通常の他の機関車に牽引された形
での回送だったのではないかと思われます)

マロネロ38様によると、このときの煙室扉のレールが形状間違いとの事で(現在は正しい形)
詳しい事はマロネロ38様にお願いしたいと思います。

参考までに牽引している編成は
マニ7470 スシ28301 マロネフ591 マロテ492
だったようです。




投稿者 マロネロ38
投稿日 2009年 7月24日(金)11時57分9秒
タイトル C5345
戦前東海道,山陽本線での特急,急行,他主要列車牽引に使われた3気筒機関車です。
主動輪がクランク軸になっていて、保守調整に手間が掛りましたが、給水暖め器を
全部エプロン後部に吊り下げてG点を下げるなどの工夫が施され、蒸気溜め1個が
格好良くて,前部の形状とも「多くの鉄道ファンを輩出した」機関車でした。
C5343流線型は[燕}専用で名古屋から折り返しは17レとの余裕をもった運用でした。
戦後保守点検の手間と、停車位置のロッド角度で「発車不能」の故障等から廃車され、
C5345は[吹田教習所」に保存中を雑誌[鉄道」に写真と記事が掲載されてから、
鉄道友の会で保存運動が起こり、鷹取工場で復元されたものです。
36-9-21は前部に花輪をつけて梅小路−鷹取間運転で大阪駅で撮影会がありました。
走行音が「ポポポ−ポッポポ」と3気筒独特の音でした。



投稿者 きむたお
投稿日 2009年 7月25日(土)07時02分2秒
タイトル 今朝の「日本海」
'09/7/25(富山)、4002、上り「日本海」
EF81 48↓
オハネフ24 21
オハネ25 148
 オハネ25 147
 オハネフ24 8
 オハネ25 220
 オハネ25 211
 オハネフ25 202
 オロネ24 2
 カニ24 116


個人的な話で恐縮ですが、去る6月21日、昨年9月から記録していたメモ帳を紛失してしまい、記録恐怖症(?)、
「せっかく記録しても紛失してしまったら元も子もない」、みたいな恐怖感に襲われ、
撮影・記録に出られる気分ではなかったのですが、約1ヶ月経過して久々に出かけてまいりました。
それでも実際の列車を目の当たりにするとEF81のツリカケ音やTR217の軽快なジョイント音に癒されました。




投稿者 きむたお
投稿日 2009年 7月25日(土)07時04分25秒
タイトル 今朝の「北陸」
'09/7/25(富山)、3001、上り(北陸線内)「北陸」
EF81 151↑
・スハネフ14 35
・スハネ14 702
 ・オロネ14 702
 ・スハネ14 755
 ・スハネフ14 30
 ・スハネ14 759
  オハネ14 63
 ・スハネフ14 29


▼ 赤まんと様
先日ご指摘いただきましたオハネ14 63のGマークが無い件、本日、現車にて確認できました。
今後とも、ご指導よろしくお願いいたします!




投稿者 仙コリ(管理人)
投稿日 2009年 7月25日(土)10時07分27秒
タイトル C5345交通科学博物館→梅小路の回送
マロネロ38様
C5345の交通科学博物館→梅小路回送の件で、私の言葉足らずでご迷惑をおかけしました。
写真の昭和36年の走行時にも梅小路機関区が関係していたのですね…
私が書き込んだのは昭和47年の梅小路蒸気機関車館開館に伴う回送の事でした。
C5345について私の認識(一部想像)としては
昭和25年に廃車→国鉄吹田教習所の教習用車両を経て鷹取工場にて保存(実際は放置)
昭和36年に動態復元→9/20・9/21に自力走行にて撮影会・回送(交通科学館での展示の為)
昭和37年から昭和47年まで交通科学館(現在の交通科学博物館)で展示(静態保存)
昭和47年の梅小路蒸気機関車館開館に伴い移動(静態保存)
といった歴史であったと思われます。
昭和47年の梅小路蒸気機関車館への移動時にはすでに車籍はなかったようなので、復活後の
人前での自力走行は昭和36年の9/20・21の2日間だけだと思われるので、非常にもったいない
ような、その場に立ち会われたマロネロ38様が非常にうらやましい次第です。
展望車等の3軸台車の走行音を聞いてみたいと常々思っていますが、幻の3シリンダー機の音も
聞いてみたかったです。



投稿者 マロネロ38
投稿日 2009年 7月25日(土)11時15分47秒
タイトル C5345走行音
子供の時に山陽本線最寄駅で散々聞いていましたし、牽引された列車にも乗りました。
仙コリ様をうらやましがらせては悪いですが、昭和15年8月に家族で東京見物に行き、
神戸から1032レ[鴎」に乗車し、C53標準型だったので若干不満でしたが、乗車した
「増8」号車が、戦後にマイネロフ37(戦後のマロネフ38)の[ロ」と知りました。
3気筒の音と3軸TR73の走行音、丁度冷房の食堂車(マシ38)?だったのでと始めて
の経験が多くて子供心にも大いに楽しかったです。
沼津で初めてEF55の実物も見ました(丁度下りホームに入ってきた)。

C5345の走行音は[キングレコード」からEP盤が出ています。(36/9/20-21)の走行。



投稿者 赤まんと
投稿日 2009年 7月25日(土)21時22分14秒
タイトル いまや貴重な記録です
きむたお様の北陸路での記録は大変いい刺激になっております。
今回お寄せ頂いた「北陸」編成は7/20に押さえており、差し替えが生じていないことがわかりました。
当日はEF64 1051が先頭に立ち、全検は20-10秋田総合車セです。
1052号を見かけなくなり、いよいよ検査かと注目しています。
なお、対になる編成も7/23に押さえています。

Lot No.4049 7/23 3011レ「北陸」

1↑スハネフ14 27(16-4秋田総合車セ)
2 スハネ14 701(15-3土崎工)
3 オロネ14 703(17-10秋田総合車セ)
4 スハネ14 758(21-7秋田総合車セ)
5↓スハネフ14 28(15-12土崎工)
6 スハネ14 752(18-4秋田総合車セ)
7 オハネ14 89(21-1秋田総合車セ)
8↓スハネフ14 20(17-7秋田総合車セ)
  EF64 1053(20-12秋田総合車セ)
※スハネ14 758が前回同様、5年9ヶ月ぶりに全検あがりました。
 2ヶ月違いのスハネ14 756も運用離脱したことからみて、全検でしょう。
 今回編成中間にいるスハネフ14 28も全検が近そうです。

Lot No.4048 7/23 2021レ「あけぼの」

1↑オハネフ25 205(17-12秋田総合車セ・レディースゴロン)
2 オハネ25 151(19-12秋田総合車セ)
3 オハネ25 152(18-10秋田総合車セ)
4↑オハネフ25 125(20-11秋田総合車セ・白文字)
5 オハネ24 553(19-1秋田総合車セ・B個・白文字)
6 オハネ24 554(19-7秋田総合車セ・B個)
7 スロネ24 551(17-9秋田総合車セ・A個)
8↑オハネフ24 19(18-7秋田総合車セ・白帯・ゴロン)
 ↓カニ24 112(20-11秋田総合車セ・機関更新・貫通扉埋め)
  EF64 38(15-3土崎工)
「日本海」とまた違った味わいがあります。
白帯は8号車のみ。
他は金帯ですから、編成の短さに目をつぶれば、雰囲気はけっこうゴージャスに思えるのですが・・・。
本日「日本海」に入っているオハネフ24 21は、
97年3月から長く「あけぼの」レディースカー〜レディースゴロン〜ゴロン車指定状態が続いたため、
上野口に姿を見せないと、何だか妙な感じがします。
今年の盆は「あけぼの」「日本海」ともに増結計画がなく、
これだけ注目を浴びながら、所定でまかなえてしまうあたりに、夜行列車を取り巻く状況の厳しさを感じます。
メモ紛失は大変な痛手で、胸中お察ししますが、紛失したまま記録を途絶えさせてしまえば、
それこそ今までの取り組みが何とも惜しい、ということになると思います。
わたしは96年2月〜07年5月まで、レポート用紙約790枚、3167本を手書きで保管していました。
パソコン購入を機に打ち込みを続け、残るは00年6月〜12月と、99年〜96年分の1093本となりました。
いま4049本ですから、3/4を打ち終えた計算です。
トンだ時に備え、リムーバブルディスクにも保存しています。
きむたお様も今後は自衛策として、メモとパソコン、リムーバブル等、二重三重の管理をお薦めします。
夜行列車も残りわずかで、乗るなら今、という状況ですが、実現にはやはりあれこれ障害が横たわっているのも事実。
ならば写真、編成記録、走行音の録音等、できることから、ひとつでも多くの記録を残すしかないように思います。
メモが見つかる見込みがあるなら並行して探し、可能性ゼロであれば、諦めてリセットし、
今日からまた新たに記録を始めていけばよいのではないでしょうか。
大いに刺激になっていますので、諦めず継続してください。
今後必要であれば、過去の記録も紹介したいと思います。


 
 
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