「ED75109」です。
雪だるま様
>札イワのスハフ32に車掌室の仕切がないのがありました
小生も見た記憶があります。確か、後部デッキに座席がドカンとあって、「手ブレーキ」が剥き出しになっていて・・。
「車掌席」といった感じでした。
今だったら、汽車通の高校生のたまり場になってしまい、JRから「添乗指導」の要請が来るでしょうね。
(小生はキハ40の運転台で喫煙していた生徒達と仲良く(!?)なりましたが・・。)
小生、道内の旧客鈍行のイメージは、まさしく二重窓の並ぶ「スハフ32」です。
初渡道の折、「C55」牽引の宗谷本線(旭川・稚内、「旭アサ」)、「C58」牽引の釧網本線(釧路・網走、「釧クシ」)、
「C57」牽引の室蘭本線(岩見沢・苫小牧、「札イワ」)、
そして「ED75とDD51」牽引の「山線」鈍行(旭川・函館、「函ハコ」)と、すべてこの重厚な「客車」にお世話になり、
「鉄」親父は、「鈍行列車に似合うなぁ。」と呟いておりました。
特に、車内照明が確か「白熱灯」であったことに、筆舌に尽くしがたい「旅情」を感じたものです。
もう、35年経ったのですねぇ・・。
また、雪だるま様の思い出を聞かせていただければ幸いであります。
以上、「メタボ対策」のため、妻と「道民球団の実況放送」をラジオで聴きながら、
「鉄道林」沿いをウォーキングに勤しむ「中年客車鉄ちゃん」でした。 |