倶楽部メモ:客車倶楽部過去ログ集:客車列車の旅

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スハネ30のリベットについて


倶楽部メモ(723) 平成25年 4月10日〜 4月14日


投稿者

スハネ30生

投稿日

2013年 4月13日(土)17時27分27秒

タイトル

スハネ30のリベットについて

2回目の投稿をさせていただきます。
当方のバンドル名のスハネ30ですが、
小学6年生のとき初めて買った小高模型のペーパーキットの形式が
スハネ30だったのです。
この時は組立て技術もなく完成に至りませんでしたが、
この形式には思い入れがあり(乗車経験はないのですが)
その後、HOの金属製キットを8両購入して現在製作途上です。
ここで不明な点が浮上しました。
というのはスハネ30の車体にはリベットがあるのですが、
車体裾部分のリベットが1列のものと2列のものがあり、
また車体全体のリベットが全くないものと大別して3種類になるようですが、
各々の車番を調査した資料がないため困っております。
この辺の事情をご存知の方いらっしゃいましたら是非、御教示願いたいと思います。
(現車の写真でも結構です)  
JTB発行の【国鉄鋼製客車1】のスハネ30の項にある、
7両はリベットが多いとされた車番はすべて間違っております。
実際は15号車と48号車のみに縦リベット存在が写真で確認されております。
(他車はオハ34から新スハネ30への改造時に
車体改修でノーリベットになっています。
スハネフ30の1号車も実際はノーリベットです・・・
本書の記述には他にも結構誤りが見受けられますので
他の文献との整合が必要と思われます。  
当方自身で撮影したスハネ30の唯1枚の写真を添付いたします。   
昭和44年11月3日尾久客車区構内スハネ302016北オク青15号塗りです。




投稿者

クモイ103

投稿日

2013年 4月13日(土)20時42分6秒

タイトル

Re: スハネ30のリベットについて

スハネ30生様はじめまして、クモイ103と申します。よろしくお願いします。
私は昭和35年度予算で落成は36年5月、配属は東鉄で後の北局管内、
当初の走行線区は京浜東北線でした。

さて、二代目スハネ30形式(以下スハネフ30形式を含めて記述します)について、
車両史編さん会の「国鉄鋼製客車史」を紐解いてみます。

スハネ30は、製造時の形式によって下記の2グループに大別できます。
(1)昭和5年度予算で10両が製造されたスハネ30000(16年改番で初代スハネ30)
→スハネ×6両・スハネフ×1両
(2)昭和7年度予算から昭和12年度第2次予算にかけて110両が製造された
   スハネ31000(16年改番でスハネ31)→スハネ×93両・スハネフ×2両

(1)のグループはスハ32の二重屋根車と同世代の設計なので
腰板に縦リベットがありましたが、
ご多分に漏れず戦後の更新で消滅したものが多かったようですね。
ちなみにこのグループは二重屋根車の基本設計で屋根だけ変更した模様で、
雨樋の高さが一般的な丸屋根車より低く(おそらく二重屋根車と同じ)、
屋根全体も低くなっています。

そして(2)のグループですが、
110両のうち昭和8年度予算までの44両は車体裾のリベットが2列、
昭和9年度第1次予算から台枠形式の変更に伴って1列になったということです。
従って、戦前の寝台車時代には番号によってきれいに分かれていました。

しかしオハ34への改造時に
(1)(2)のグループが一緒くたにされて番号がバラバラとなり、
戦後のスハネ復旧時にはさらにシャッフルされたため、結果的に
(1)旧スハネ30000
(2a)旧スハネ31000裾リベット2列
(2b)旧スハネ31000裾リベット1列
の3通りの車体が入り乱れて存在することになりました。
ちなみにスハネフ30 2と30 3はいずれも(2b)のグループです。
なお(2a)と(2b)の具体的な車番は、
「国鉄鋼製客車史 第3編 スハ32形(スハ32800)の一族 下巻」
P.315〜316の車歴表でわかります。


ご提供いただいた写真、「北オク」で「B寝台」ということは昭和44年以降ですね。
当時私は小学校に上がっており、どこかでこの車両を見ていた可能性はありますが、
残念ながら客車を見分ける知識を持ち合わせていませんでした。




投稿者

スハネ30生

投稿日

2013年 4月14日(日)21時54分38秒

タイトル

RE:スハネ30のリベットについて

クモイ103様
詳細な内容を分かり易く説明いただき、ありがとうございました。
個々の車番については鉄ピクスハ32系特集号の車歴表
その他資料から追跡してみようと思います。




投稿者

仙コリ

投稿日

2013年 4月14日(日)22時08分11秒

タイトル

Re2: スハネ30のリベットについて

スハネ30生様、はじめまして。

書き込みのありました新スハネ30の車両ごとのリベットの違いについては、
手元の資料が少なく詳しくはわからないのですが、
ご指摘のあったJTB発行の【国鉄鋼製客車1】のスハネ30の項の
間違いについて検証してみました。

スハネ30000形式の改番・改造歴を調べますと

スハネ30000 → スハネ30 1 → オハ34 29 → 新スハネ30 63
スハネ30001 → スハネ30 2 → オハ34 30 → 戦災
スハネ30002 → スハネ30 3 → オハ34 31 → 新スハネ30 37
スハネ30003 → スハネ30 4 → オハ34 93 → 新スハネ30 15
スハネ30004 → スハネ30 5 → オハ34 32 → 戦災
スハネ30005 → スハネ30 6 → オハ34 33 → 新スハネ30 41
スハネ30006 → スハネ30 7 → オハ34 34 → 新スハネ30 48
スハネ30007 → スハネ30 8 → オハ34 13 → 戦災
スハネ30008 → スハネ30 9 → オハ34 35 → 新スハネ30 36
スハネ30009 → スハネ30 10 → オハ34 14 → スハネフ30 1

となっていますので、間違いの番号は、
なぜか種車のオハ34の時点の番号が記載されてしまっているようです。

新スハネ30形式のうち元スハネ30000形式の車両番号は、
正しくは 15・36・37・41・48・63 の6両となるようです。

参考文献:鉄道ピクトリアル スハ32系特集号



倶楽部メモ(724) 平成25年 4月15日〜 4月17日


投稿者

仙コリ(管理人)

投稿日

2013年 4月15日(月)18時55分49秒

タイトル

スハネ30の特集ページ新設

皆様、いつもお世話になっております。

ここ数日のスハネ30の話題を受けまして、複雑な車歴がわかりにくいものだと、
あらためて痛感しましたので、
簡単にではありますがスハネ30の車歴表を作成し、
客車資料館にて公開いたしました。

皆様からの情報を参考にリベットの状態も記載しましたが、
詳しく調べていくと製造当初から全溶接構造でノーリベットの車両があった
可能性もあるようで、まだまだ改良の余地があるようですので、
詳しい事情をお知りの方がいらっしゃいましたら、
ぜひ御教示いただければ幸いです。


スハネ30生様

お願い事で恐縮なのですが、この新設ページに先日ご投稿いただいた
スハネ302016の写真を使用させていただけないでしょうか?
ご検討のほど、よろしくお願いいたします。




投稿者

クモイ103

投稿日

2013年 4月15日(月)20時37分48秒

タイトル

Re: スハネ30の特集ページ新設

仙コリ(管理人)様

またまた新たな「ちょっと変わった切り口」の資料を
作成いただきありがとうございます。

戦後の復活スハネ30は面白い車両群ですね。
私は乗ったことはありませんが、
車内は直前に新製されたナハネ11に準じた当時最新の設備だったとのことで、
クラシックな外観とのミスマッチが何ともいえず味わい深いです。
寝台の間隔はオハネフ12(←ナハネフ10←ナハネ10)と同じですが、
そもそもナハネ10が戦前のスハネ30・31の寝台寸法を踏襲して
設計されたのですから、こちらが元祖なのですね。
たださすがに車体幅が10系より狭いので、
その分は通路の幅にしわ寄せが来ていた様です。
こんな車両を100両も登場させた、
というより登場させざるを得なかった国鉄の台所事情、
そしてハネ車の需要が旺盛に拡大していった
高度成長の時代背景も忘れるわけにはいきません。

なお、4月13日(土)20時42分6秒の拙稿で、
「スハネ31000」とあるのは「スハネ30100」の誤りでした。申し訳ありません。




投稿者

スハネ30生

投稿日

2013年 4月15日(月)23時33分55秒

タイトル

スハネ30写真の件

仙コリ様。わざわざ特集ページを設けていただき恐縮です。
スハネ302016の写真ですが、コピーして御活用ください。
1969年11月3日撮影ですので、
この形式の最晩年の姿(使用列車は【新星】と思われます。)です。
撮影当日ですが中学1年の小生は同級生と2人で
何らアポも取らず尾久客車区を訪問したのですが、
親切な職員の方が構内を30分程掛けて案内してくれました。
特に古い形式を希望して撮影させていただきました。
その時の他形式の写真も追って投稿させていただく予定です。
但し写りは良くありません
(何しろ形式写真を撮影したのはその時が初めてでしたので)
外部色に関しての質問です。
スハネ30は落成時はすべて【ぶどう色2号】だったと思いますが
【青15号】へ塗り替えの時期(使用列車との関係等)が分かる方おられましたら、
教えてください。



倶楽部メモ(725) 平成25年 4月18日〜 4月23日


投稿者

スハユ

投稿日

2013年 4月18日(木)13時46分41秒

タイトル

スハネ30写真?

スハネ30生様こんにちは。

遅くなりましたが中央西線坂下で撮ったD51の写真を見ていて、
反対側の側線に留置されているスハネ30らしき客車を見つけました。
スハネ30でしょうか?
カメラとカセットテープレコーダーの操作に手いっぱいで
形式番号・所属は確認しておりません。
見慣れない客車がいるな・・とは思いましたが。
1971年3月23日16時28分発の上り832列車(松本発名古屋行き)を
中津川機関区D51402が牽引しています。
この832列車は重連が多いのですがこの日は単機牽引でガッカリしました。
乗ったのは先頭のオハフ33の2千番台とメモしてますが
不思議なことに番号は書いていません。
行きの831列車はオハフ61に乗りましたが、
やはり2千番台とメモしています。
どちらも所属はメモしていません。
客車運用の複雑さを知っていれば忘れずにメモしたと思いますが。
客車は好きですが、当時の興味はやはりD51が上回ったみたいです。




投稿者

スハネ30生

投稿日

2013年 4月18日(木)21時56分54秒

タイトル

RE:スハネ30写真?

スハユ様おたずねの写真ですが、明らかにスハネ30だと思います。
窓下にB寝台の表記が見えます。
番号が特定できるか車両配置表を見たのですが、
当方の手元には1972年版以降しかないため、
撮影日の1971年3月時点でのデータは不明です。
1972年版では中央西線の最寄の配置と思われる名鉄局、
長鉄局管内にはスハネ30の配置は皆無でした。
・・・全国でも合計15両)
スハユ様が撮影したのはカーテンが降りている状態から察するに
現役引退後の休車疎開状態
(配属区:名ナコと推察します)の車両ではないでしょうか。




投稿者

スハユ

投稿日

2013年 4月19日(金)06時42分6秒

タイトル

スハネ30写真?お礼

スハネ30生様。

手元の名ナコ配置表(1968年・1969年)を調べてみました。
オロネ10(5両)・オロハネ10(3両)・スハネ16(16両)がいますが
オハネ30は見当たりません。
長鉄局管内の配置表が手元に無く確認できませんが
坂下は長鉄局との境界駅ですので、
もしかすると長野工場での廃車待ち車両の
疎開先となっていたかも分かりませんね。
また一つ謎の車両について判明しました。ありがとうございました。



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