倶楽部メモ:客車倶楽部過去ログ集:客車列車の旅

倶楽部メモSP
オハネフ25−131の謎
方向転換化改造されたオハネフ25−100番台車


倶楽部メモ(513) 平成21年 4月20日〜 4月23日


投稿者

プルマン

投稿日

2009年 4月21日(火)02時55分5秒

タイトル

最終瀬戸の不可思議旅

最終瀬戸の編成は雑誌などで公表済みですが奇妙な点をVTRから見つけました。
カニ24−108の次位1号車のオハネフ25−131はその名の通り、100番台車ですが、
この番台は方向転換が不可能な片栓構造のため、電源車寄りは通常は洗面所側となります。
しかし、この日は乗務員室側が電源車寄りにきているのです。不可能なはずなのに...
最後尾オハネフ25−153のHMも変わってました。
みずほ、つるぎと失われたHMを掲げていたのです。
つるぎに乗れなかった私にはうれしいサ−ビスでしたが...
高松に着くと、方向幕を回送にする作業が始まりましたが、全車うまく切り替りません。
まるで引退を拒むかのように。
そして、方向幕は富士宮崎、あさかぜ広島、あさかぜ東京、富士品川、富士大分、富士東京、
はやぶさ西鹿児島、はやぶさ長崎、はやぶさ東京、はやぶさ熊本、はやぶさ品川、
さくら品川、さくら佐世保、さくら長崎、さくら東京、臨時、回送と換わり
静かに高松を後にしました。
は私はすぐ東京にトンボ帰りして、サンライズエクスプレスの出発式を見て上野へ。
北陸に乗り帰途しました。
H10’7.9〜10          H10’7.10〜11
EF65−1118田(瀬戸)     EF64−1031長岡 大宮工5−12
カニ24−108           (12)スハネフ14−20
(1)オハネフ25−131      (11)オハネ14−82
(2)オハネ25−176       (10)オハネ14−91
(3)オロネ25−301       (9)スハネ14−754 B1
(4)オハ25−301        (8)スハネ14−753 B1
(5)オハネ25−159       (7)スハネ14−757 B1
(6)オハネ25−175       (6)スハネフ14−32
(7)オハネフ25−138      (5)スハネフ14−33
(8)オハネ25−161       (4)スハネ14−758 B1
(9)オハネフ25−153      (3)オロネ14−703 A1
EF65−1101田(出雲)     (2)スハネ14−703 B1 シャワ−
                   (1)スハネフ14−29
                   EF81−150長岡

画像のカニ24−108はこの後、数奇な運命をたどる。オロネ25−301と組み、
最終日本海1号函館行き、最終日本海1号青森行きを担当。最終を3回経験して、
オロネ25−301はタイ王国ヘ? カニ24−108はトワイライトの臨時運用?
いずれにしても最終を飾ったのは偶然か、それとも意図的なのか、運用や編成の組成には
不思議なことがよくあるように思えます。
日本海1号A寝台初投入のカマEF81−106は
つるぎの24系25形初投入76’2.19を担当。
不思議に思うのは私だけでしょうか。


投稿者

赤まんと

投稿日

2009年 4月21日(火)08時09分2秒

タイトル

よくぞ気づいてくれたものです

プルマンさまご指摘のオハネフ25 131ですが、
たしかにカニ24とおなじ方向を向くように改造されています。
同僚だった130、132も同様で、私も実は詳細をつかめずにおります。
ただ、1990年刊行の「とれいん」誌(と記憶しております)に、
オハネフ25 350番台なる車両に改造予定だったと記述があり、
スハ25組込みにオハネフ25 300を、カニ24組込みにこのオハネフ25 350なる車両を
あてがう計画があったのか、そのタネ車に考えていたのが影響しているのでしょう。
トミックスで1990年以降の「瀬戸」「あさかぜ2,3号」を、忠実に再現したい方は、
したがって1号車のオハネフをカニと同じ向きにし、車番も130〜132のみに限定されることになります。
一応、オハネフ25 133も当時1号車用になっていましたが、
私が編成記録した中では一度も1号車に入らず、7号車に入り続けました。
カニ24 108が「瀬戸」「日本海」最終に充てられたのは、個人的には運用の関係と認識します。
最終全検は2007年7月。
「瀬戸」末期のときは一時塩漬け状態のことがあり、1992年12月出場から、次が1998年2月出場と、
全検インターバルがやたらと開き、エンジンも何やら不整音を発する時期がありました。
その後は概ね状態は良いように思われ、おそらく調子の良いカニの1両だったことが理由でしょう。
個人的にも好きな車番の一つです。「彗星」にも貸し出されました。
よろしければ記録を公開いたします。

「北陸」編成は短縮される8ヶ月まえの編成で、尾久が実家の身には、今となっては懐かしいです。
5号車と、7〜9号車は短縮のあおりで、廃車となりました。
10、11号車は7年を超えるインターバルを経て今年相次いで全検出場し、さらにピカピカになっています。
「北陸」も「あけぼの」もじつに車体がきれいで、記録におさめ甲斐があろうかと思います。
上野口の誇りですね。


投稿者

プルマン

投稿日

2009年 4月23日(木)00時15分24秒

赤まんと様
広セキのオハネフ25−100の件、ようやく解決しました。ありがとうございます。
彗星の編成、興味深いです。
彗星といえば、つるぎが臨時格下げの際につるぎの使用客車を彗星用にしたと聞きました。
つるぎにも地元新潟でありながら乗車を逃しました。
できるならば、つるぎの末期8両編成(電源含む)24系25形の車番をご存知ならば
教えてもらえないでしょうか?
特に馴染みのあるカヤ24が入る編成、臨時格下げ前の最終編成を公表可能ならばご教示ください。
お願いします。

最終瀬戸オハネフ25−131 追記:最終瀬戸 岡山車掌区担当・北陸 金沢列車区担当



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