理左衛門(バロン)様
当掲示板でも珍しい「列車番号沼」(笑)の話題に反応します。
少なくとも昭和40年代後半から、愛称名の番号は変わっても、
ご指摘の列車番号は変わっていないと記憶しています。
私も小学校高学年時代から、その規則性には気付いていましたが、
理由を追求する知識もなく「そういうものなんだ」
程度に思っていました。
列車番号の付け方は時代により異なりますが、
この当時は急行列車が十の位「0」と「1」であり、
一の位は特に区分されていなかったと思います。
(もっと大昔には、一の位の後半が準急列車を表していた時代もあった様ですが、
その時代は優等列車は十の位「0」だけで、「1」は普通列車だったはずです。)
あまり根拠のない憶測ですが、
「もともと昼行の気動車列車が『*05D』まであって、
その次で『*07レ』となるところを、
夜行の客レをちょっと区別して『+10』していた。
その後昼行は特急格上げで減少したが、夜行の列番はそのまま残った」…
というのは考えられないでしょうか?
宗谷本線では特急格上げがなく、301D/302D「礼文」、
303D/304D「天北」、305D/306D「宗谷」、
そして317レ/318レ「利尻」と揃った状態が長く続きましたね。
結局答えになっておらずすみませんm(_ _)m。
北海道だけ特に何かこだわりがあったのかもしれませんね。
|