倶楽部メモ:客車倶楽部過去ログ集:客車列車の旅
倶楽部メモSP
ぶどう色の想い出
ぶどう色2号への塗り替えは何故おこなわれたのか?



倶楽部メモ(282) 平成17年 8月 6日〜 8月16日

投稿者 にんにくたあ
投稿日 8月15日(月)07時25分11秒
タイトル ぶどう色1号にはまっています
はじめまして 貴殿のページは前から気に入っていたのですが、
この前ふらっと浜松のジョーシンに出かけ、キングスホビーの旧型客車のモデルをたくさん見かけて、
ぶどう色1号の旧客にはまってしまいました
完成品が1両1万5千円前後ととても高いのですが、何とも言えない味わいがあります
それまでは、ブルトレとかブルーに塗られた旧型客車に興味があったのですが、
あのぶどう色1号の深味のある色合いが気に入ってしまいました 
今の派手派手車両やステンレス車にはない落ち着きがあります
(実際わたしはぶどう色1号に塗られた車両を見たことがないのですが)
小遣いを貯めて毎月一両づつ集めていくつもりです
ところでこの掲示板バックナンバーから読ませていただきましたが、
内容が濃くて、拝見していてほっとする思いがあります 
先輩諸氏の旧客に対する懐かしい思い出を、またたくさんお聞かせ願いたいと思います

投稿者 岩崎安房守義将
投稿日 8月16日(火)23時48分19秒
タイトル 地震は大丈夫でしたか?
皆様、今日の地震は大丈夫でしたか?
 にんにくたあ様の仰る感覚、良く理解ります。それに魅入られてしまった一人でございますから・・・
 ぶどう色1号の客車の車体は鏡面効果が高くて、写真だけでは無く乗って眺めていて、その光や色まで映されて幻想的です。
 ことに夏の夜行なんかは窓を開けて風を受け、ちょっと頭を出して前を眺めていますと、
機関車のヘッドライトに映し出された前途や踏切の水銀灯が車体に映り、
G(緑=進行)からR(赤=停止)に変わりつつ近付いては過ぎて行く信号機、遠くの家の灯・・・
それに独特のやわらかな走行音、駅に停車すると突然やってくる静寂、何処かの客扉の開閉音と扇風機の音・・・
虫の声と漂う油の匂いに混ざって潮騒と共に微かに漂う海の香り・・・
そこにはリアルタイムのミラクルワールドが「日常」に飾り気も無く在った、確かに在ったのですね。
 客車列車だけに、それに乗った者のみが味わう事を許された贅沢な時間であり、
その空間に座っている者のみが体験出来た素敵な浪漫だったのでしょう。
 それを単に過去に味わった者のみの優越な懐古に終わらせたくは無いもので、
ついでに駅から離れる時に汽笛とドラフトも付け加えたくて・・・
そんな夢見な少年は何時の間にオジサンになっちまいましたが・・・
 真夏の夜くらい、そんな甘い時代を偉そうに味わっても罰は当たりませんよね?皆様・・・
(画像は1986年8月・釧網本線646列車浜小清水駅)

投稿者のホームページ

倶楽部メモ(283) 平成17年 8月17日〜 8月20日

投稿者 下総守こみやさん(^^)
投稿日 8月17日(水)00時40分27秒
タイトル 安房殿
駅に停車中の客車も車庫の気動車も無事であります。/(^^)(Nゲージ)まったくの同感ですね。
私が中学高校時代ですからこの感動がある人は少なくなっているのでは。
ブルートレインとは感覚が違いますね。
大きな駅での長時間停車ではよく立ち食いそば食べました。今は持ち込みどんぶりじゃないと(^^;
客車内は静寂でも駅のアナウンスと発車ベルはうるさかったな。
でベルが鳴り終わりしばし沈黙の後汽笛。
ガクンと衝撃がきてゆっくりとポイントの通過音。
そして徐々に加速をしていきます。

投稿者 にんいくたあ
投稿日 8月17日(水)10時16分27秒
タイトル ぶどう色2への塗り替えは何故?
安房様・下総様 名文ありがとうございました。
遠い昔の忘れていた旧型客車の雰囲気、乗り心地、その時代の空気がよみがえってきました。
と言っても私が旧客に乗ったのはぶどう色2号とブルー塗装が混結していた時代で 、もう旧客末期の頃です。
 ところでこちらのホームページを拝見しますと、
旧客の塗装がぶどう色1号から2号に塗り替えられたのは、昭和34年だとあります。
ずいぶん古い話で、そのときの状況など知るよしもない私ですが、なぜ塗り替えをしたのでしょうか。
 これが青大将色やはつかり色の塗り替えであれば、イメージアップをねらったものだと素人でも理解できるのですが、
深みのある茶色からチョコレート色への塗り替えは、当時の国鉄にとって塗り替えのメリットがあったとは思えず、
色味が少し変わったかなという程度、全車の塗り替えには相当な費用もかかったはずで、何故?という疑問が残ります。
  話は変わりますが、この掲示板での先輩諸氏のコメントを合冊にして、出版してほしいくらいの中身です。
本ホームページの今後の発展をますます期待しております。

投稿者 青列車  
投稿日 8月17日(水)13時32分6秒
タイトル ぶどう色の想い出
お邪魔しますm(_ _)m
先日部屋の片づけをしていたところ、その昔撮影した写真が出て来ました。
元より、きちんとした機材や腕があったわけではなく
(その後一眼レフカメラは購入しましたが結局撮影技術は身についていません)
資料的勝ちも皆無の駄作・愚作・お目汚しではありますが、当時の風景の一つとしてご笑覧くださいm(_ _)m

撮影場所は尼崎駅です。大阪発の福知山線直通列車。
カマはDD511180、カマ次位の客車はオハフ33123です。
撮影日時の記憶は曖昧ですが概ね1982年の夏場だったかと思います。
当時と今とでは界隈の風景もまるで変わったかと存じます。



投稿者 EF5841
投稿日 8月17日(水)20時09分41秒
タイトル ぶどう2号
繰り返しになりますが、昭和34年6月の本社通達により、色指定がマンセル標記になりました。
それ以前、概ね電車及びEF58がぶどう2号 それ以外の電機機関車等及び客車がぶどう1号でした。
客車列車の動力かの流れの中にあって、両者を一本化したというのが背景としてあるのではないでしょうか。

投稿者 岩崎安房守義将
投稿日 8月17日(水)23時42分3秒
タイトル 皮肉にも
 にんいくたあ様、でしたね・・・ごめんなさい御名前を間違えました!お詫びして訂正致します!
 下総守様とは同年代の様で、感じた音や匂いや味は同じ様なものでなかったかと・・・
青列車様の画像、感じますねぇ〜完璧に音が聞こえて参ります。
(駅そばもそんなそんなメニューは多くは無かった様な・・・)
 EF5841様の御指導の通り、「ペンキ種類の合理化=統合化」でぶどう色は一つになったそうですが、
結構こだわる現場も有って結局民割まで2色存在していた様です。
 逆に同じ塗料でも仕上工程が違うと別の風合になって別の色?なんて事にも・・・
 1971〜2年当時、急行103・104列車は「専用指定編成」となっていて「青塗装」のハザ限定で組成されていたそうです。
 某ソフトメーカーがC623機のスポンサーになった時、客車は在来型一般客車で色は青!と指定され、
つまりその1972年当時の「ニセコ」の復元ならばサポートしましょう!と言う条件で・・・
一部ではスハフ44のぶどう色化なんて囁かれていた現場は一気に吹っ飛んだ笑い話が残っております。
 一方で、現在残っている在来型一般客車の大部分がぶどう色なのですよね、何か皮肉を感じますが・・・
 ところで在来型一般客車の座席基部に「栓抜き」があるのを御存知の方いらっしゃいますか?
 35系あたりでは「標準」な筈なのですが、オハ47にもあった・・・と言う話が出ているものですから・・・
投稿者のホームページ

投稿者 下総守こみやさん(^^)
投稿日 8月18日(木)06時44分24秒
タイトル 栓抜きは
昭和50年代半ばですがテーブルに一体となって下に付いていた気がします。
あいまいな記憶ですが私があちこち行った時はオハ47が多かったので。
他の電車とかと混同しているかもしれません。
当時の駅そばはかけ、月見、てんぷら(かき揚)の三種類。
小さな乗換え駅でもおばちゃんが一人で切り盛りしていました。
お客は職員が多かったけど。
いまだに仕事途中で食べる立ち食いそばは天玉(^^)。当時の名残かな。
そばと弁当の話はたくさんあるけどここは客車について語る場でした。
でも客車には立派な脇役(^^)

投稿者 にんにくたあ
投稿日 8月18日(木)08時16分38秒
タイトル ぶどう色の塗り替えの疑問が解けました
 先輩諸氏のみなさま、ぶどう色に対する早速のご教授ありがとうございました
昭和34年以前の国電はぶどう2号、客車はぶどう1号と塗り分けていた事実をはじめて知りました 勉強になりました
 また安房様おっしゃる、民営化までぶどう1号の塗色の車両が存在していた事実も驚きです
 ひょっとして大鉄のSL急行の車両は今でもぶどう色1号でしょうか
 話は変わりますが、バックナンバーを拝見すると、上野発一ノ関行きの旧客の話が出ていました
 私も70年代末期宇都宮に親類の家があり、そこへ行くのに乗った列車がたまたまこの一ノ関行きでした
 小山あたりまで込んでいて、開けっ放しのデッキにたたずんで涼をとった記憶があります
 小山を過ぎて車内がすいて座った箱はオハ32だったような? 客車持ちはオクだったのでしょうか
 こんな列車が今存在したら、きちんと入線から乗り込み、一ノ関まで行きたいなあと思います
 窓をいっぱいに開いて、那須野ヶ原の涼風を浴びて、黒磯で遅い駅弁を買う
想像しただけで、なにか胸がいっぱいになります
 手元に昭和31年の交通公社の復刻時刻表がありますが、
東海道線のページを開くと東京発門司行き鈍行の運転が目につきますが、
それ以外にも島田を早朝出て、米原経由で富山行き711レ、などという鈍行列車の存在があります
 上りは富山を早朝出て掛川行き712レ 今では考えられない列車です
 ちゃんと二等も連結しているところがすごいのですが、
かなわぬ夢ですが、こんな列車の乗車ルポがきけたらなあなどといつも思っています
 話が長くなりました、また先輩諸氏の思い出話楽しみにしています
 それから私の名前は「にんにくたあ」が正しいです あのにんにくのにんにくです
 安房様お気遣いいただき申し訳ありませんでした

投稿者 クモイ103
投稿日 8月18日(木)13時21分20秒
タイトル Re:ぶどう色2号
 横レス失礼します。

>EF5841様
 電気機関車の中で、EF58だけがぶどう色1号でなく2号だったとのお話、不勉強にして初耳であります。
詳しいお話をお聞かせ願えないでしょうか?

 有名な昭和34年6月23日制定の「車両塗色及び標記方式規程」に伴って
同じ鉄道公報に記載された工作局からの「通報」によると、
「直流電気機関車、ディーゼル機関車及び特殊機関車の車体外部の塗色は、ぶどう色1号をぶどう色2号に改め、(以下略)」
となっています。
 ところが、かの星晃氏は、鉄道ジャーナル第213号(1985年3月号)所載「国鉄車両の色“あのころ”の話」の中で、
占領時代の話として、「当時の省線電車と電気機関車はのちにぶどう色2号と命名された,
旧型国電の色として知られる,あのやや赤味のある濃い茶色だった」と述べられています。
 EF5841様の言われるようにゴハチだけが例外的にぶどう色2号だったのなら、
この一見矛盾する2つの情報はともに理解できます。
つまり、いわゆる80系湘南電車に代表されるように、
車両の塗色を明るくして国鉄のイメージアップを図ろうとしていた時代背景のもと、
最新の花形急客機EF58もその一環として塗色を変更したのでしょう。
もしかして、ゴハチといっても新型車体だけのお話なのでは?と想像がふくらみます。
 さらに言えば、客車においても、昭和30年に登場した軽量客車がぶどう色2号で登場したと言われていることが、
同じ流れの中ですんなりと理解できます。

 …などと勝手な妄想をふくらませてしまいましたが、
何か押さえておくべき情報源がありましたら、ご教示いただければ幸いです。

# このへんのとってもディープな話は、某別板に行った方が良かったりして…?

倶楽部メモ(284) 平成17年 8月20日〜 8月25日

投稿者 EF5841
投稿日 8月21日(日)09時31分34秒
タイトル EF58の色
クモイ103教授 殿
原典を探しましたが、見つかりませんでした。
いずれにせよ、話の原点は「星 晃 氏」であったと思います。
58でも新型車体からです。
混乱させるとして、先般は記しませんでしたが、高速試験時のEH1015もぶどう2号です。

投稿者 クモイ103
投稿日 8月21日(日)20時06分24秒
タイトル Re:EF58の色
>EF5841様
 ゴハチのぶどう色2号は、やはり新型車体からですか。ご教示ありがとうございます。
危うくKATOのNゲージ製品をぶどう色1号に塗るところでした。
旧型車体は1号に塗って良いのですね。

# 大先輩から「教授」とは畏れ多いです…

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