倶楽部メモ:客車倶楽部過去ログ集:客車列車の旅
倶楽部メモSP
展望車を連結していた急行列車


倶楽部メモ(202) 平成15年 6月13日〜 6月26日

投稿者 PC
投稿日 6月14日(土)11時45分34秒
タイトル 展望車を連結していた急行列車
戦前に展望車を連結した急行列車があったとお聞きしたのですが
詳細をご存知の方はいらっしゃいませんか?
また展望車の形式は?運転区間は?

投稿者 EF5841
投稿日 6月14日(土)23時04分45秒
タイトル >展望車を連結した急行
7・8列車 東京ー下関 が 大阪ー下関 間で連結しておりました。
形式は オイテ27000 後に スイテ37000 です。
特急富士は昭和初期の場合全区間展望車を連結しておりませんでした。
と申しますのは、山陽線区間は夜行となるため展望車を大阪で開放しました。
その間合い運用として、山陽区間が昼行となる7・8列車に連結をしておりました。
詳しくはレイルNO。9に出ております。

投稿者 TK
投稿日 6月18日(水)10時25分08秒
タイトル Re:展望車を連結していた急行列車

PC様がお尋ねの展望車を連結した急行列車は、EF5841様がお書きの7・8レです。
当時、7レ、8レは関釜連絡船に接続する大陸方面へ連絡する国際急行列車でした。
走行時間帯も良く、常に乗客が多く混雑したそうです。
知名の名士も数多く利用していたので、そういったことから展望車が連結されました。

さて、ここに昭和九年当時の編成を挙げます。
スユ36000+スハ32600+スハ32600+スハ32600+スハフ34400+スシ37740+スロ30750
+マロネ37350+マロネ37300+マロネ37300+マイネフ37200+オイテ27000(京都〜下関間連結)

連結区間の京都〜下関間は富士は夜間運転となり、山陽道・瀬戸内海の風景を
展望車から眺められないので、7・8レに連結されていました。

その後、昭和十三年頃に富士用にスイテ37040が竣工し、
それまでのスイテ37000が大キトに転属し置き換わりました。(全車鋼製車両の編成に)
そして運用離脱したオイテ27000は2両が鋼体化されてスイテ37050になり、
主にかもめに使用されました。


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