みなさん、こんばんわ。
今、話題となっているオハフ331010ですが写真は如何しても見当たりません…
肝心な時に役に立たないですね。
私の記憶では、米鉄局にはオハフ33の半切妻車は1010と1503の2両しかいなくて
窓枠がアルミサッシになった車両はいなっかたはずです。ただ青塗りではあったでしょうが…
アルミサッシ窓のオハフ33は2447しか覚えがありません。
友人が撮った写真があるのですが、子供の頃に見た記憶で鋼鈑屋根で青塗り、サッシ窓…
今風に言う“キモい”客車でした。
車掌室窓が1000oの車両はオハフ611000番台しか存在していなかったはずです。
茶塗りサッシ窓のスハ42(番号失念)も確か1両いましたが、今となれば如何して撮っていないのだろう、
後悔の日々です。
以上、言い訳反省文でした。
>もんさま
山陰のD51やDF50をリアルタイムで見ておられたのですか、私とほぼ同じ世代の方でしょうか。
私は万博(筑波じゃないよ…)の前年生まれです。
DF50牽引の823列車とは最後まで残っていた運用ですね。
その帰りの運用で浜田から貨物列車を引くDF50は見ていました。
丁度小学校の給食時間の直前に走っていました。
その823列車には前にここで話題になったオハフ33630が入っていたのですよ。
823の客車は浜田で20時間近く道路沿いの側線に留置されていましたから時々目にしていました。
山陰の懐かしい客車は私も模型(HO)で再現しています。
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